
1999年(平成11年)3月26日発行 1994年(平成6年)11月 1日創刊
在日中国人の中、大学教員が増えており、また、マスコミに登場する機会も多 く、存在感が大きい。「外国人教員任用法」が制定され、日本の国公立大学で外 国人が教授になることが法的に認められたのは、まだ十六年しか達っていない。 それまでどういう経緯があったのか、どういう努力があったのか、大学教員を含 め、知らない人がほとんど。「外国人教員任用法」を実現させた一番の功績者は、 桃山学院大学の徐龍達教授である。各種の調査によると、外国人教員の中、中国 人が一番多い。法の適用を受け、日本の国立大学に勤めた経験のある者として、 私は常に徐龍達先生に感謝の気持ちを持っている。「関西教授会連合」の会誌に 徐龍達先生の講演記録があったので、ここで皆さんにもお届けしたい。
多様性に富み、優秀な外国人教員に日本の大学の門戸が開放されて一番利益を 得たのは、日本の大学生である。しかし、現在もなお、外国人教員には制限が設 けられたり、目に見えない壁があったりする。日本社会にも外国人である私たち にも一層の努力が求められているように思える。また、重要なのは、日本の大学 が真に開放されれば、日本社会全体の一層の開放につながることである。徐龍達 先生の講演記録を読みながら、ともにこの問題を考えてみたい。
はじめに
本日は生憎の雨で、足元の悪い中をどうもありがとうございました。私も実は この国庫助成協議会の桃山学院大学側の委員の一人でございます。大阪産大の委 員から、こういうテーマで講演依頼があり、せっかくの要請ですのでお受けした 次第でございます。まず、私の名前のことですが、日本読みでは「じょ・りゅう たつ」、韓朝鮮の発音ではSHU YONG−DALといいます。SHUという 音(seoを同時に発声)がないものですから、「ソ・ヨンダル」といっており ます。関西弁で私を「そう呼んだる」とご記憶下されば幸いです。
実はこの数日来、大学教員の任期問題で、いろんな方から私の方に電話があり ました。毎年一回は毎日新聞か朝日新聞に、外国人教員の任期問題について書い ているものですから、いろんなところから相談が持ち込まれます。最近の事例と しましては、国立の富山大学の人文学部と経済学部に韓朝鮮人と中国人の専任講 師が採用されたのですが、この採用時に任期問題がありました。外国人教員の場 合、ほとんどの国立大学で3年間という任期がつけられています。その任用規定 が、どういうふうにしてできたのかということも今日の主題になりますが、幸い に富山大学には私が会長をつとめる「国際在日韓国・朝鮮人研究会」(「国際韓 朝研」)のメンバーがおられまして、私たちが平素運動していることの内容をよ く知っておられるその先生のご尽力でお二人とも無任期で採用が決定致しました。 大変良かったと思います。
静岡大学も3年任期でしたが、最近、採用されたアジア人は任期なしで採用し たということを、研究仲間の某学長からご連絡をいただいております。国立の秋 田大学、熊本大学、北海道大学、いろんな大学の先生方から私の方にお手紙をい ただき、任期にかかわる相談がございます。そういうことにかかわる全国的な組 織があればいいなと痛感しています。いろいろと外国人教員が悩んでおられるの に、そういう実態を日本の先生方がほとんどご存じないのではないかと思います。
最近、日本学術会議から公表されました「大学教員の任期問題」についての論 稿を読んでいたのですが、その執筆者も外国人の任期問題には全然触れておられ ないし、実態もご存じないようです。日本人の任期問題があがってくると、先生 方は反対論を展開されるわけですが、もう少し視野を広げて、現実に外国人教員 の任期問題でどういうことがあるのかを、十分に皆さんも知る努力をしてほしい という願いをこめて、今日、ここに立っているわけです。
現在、京都大学の場合、定住外国人の任期は原則として3年です。ちょうど3 年目になる京大で学位を取得した助教授のケースで、これを更新するかどうかで 内部で問題になって、その助教授が再任されるかどうかわからない。結局、全国 に公募することになったのです。専任でありながら、ヒドイ話ではありませんか。 私どもが1995年に国立大学外国人教員任用に関する実態調査をしましたが、 京都大学では1回だけ更新される。2回目はだめだという回答をよせた外国人が います。国籍、年齢、ポジションもわかっていますが、プライバシーの関係で明 かしません。京大は関西の雄で、進歩的な大学だといわれますが、国際化の面で は問題がある大学だと感じております。某助教授を教授会では再任を認める派が 弱く、新規の人事として公募すべきだという考え方が強く出て公募派が勝ったと いうのです。私が編集した「国際韓朝研」発行の『大学の外国人教員任用と任期 問題』(1996年5月)を、この大学や本人に寄贈致しました。そういう資料 集を差し上げて、大学の評議員や学部長等に相談をして、大学側の理解を深める ようにとアドバイスを致しました。
こういうふうに、現実問題として、外国人にのみ任期があって、教員がどうい う状態にあるのか、その立場を日本人教員が、ご自分の立場に置き換えてお考え いただきたい。それが今日のお話の基本的な立場です。外国人だから任期は当然 と、他人事のように皆さんが考えてしまうのではなく、実態を理解された上で、 そういう任期規定が正しいのかどうか、今後の方向性についても、その実状を踏 まえた上で、お考えいただきたいと思います。本日ご出席の先生方は、まさに一 騎当千の兵(つわもの)だと考えていますので、ぜひとも皆さんの良識をいろん なところへ広めていただきたいのです。
ここで、外国人教員の任期をめぐる諸問題が毎年、私の方に持ち込まれていま す。その一部を大学名を伏せて紹介しましょう。九州の国立A大学でも中国人女 性が2回切り替えられ、3回目の切り替えで、教授会でもめたのです。学会賞を もらって、学位も持っている人ですが、日本人であれば、それくらいの研究歴が あれば問題なく継続されるにもかかわらず、外国人の場合は問題視される、よそ 者扱いされるという実態が、現にあるわけです。具体的な裁判事例については、 後に述べましょう。
1. わたしの就職差別体験から
私は今、桃山学院大学経済学部教授ですが、1963年春に採用されました。 その時、日本の新聞に書かれたことは、「外国人が教授会構成メンバーになった のは初めてである」と。内定はその前年でしたが、私が初めてであるという意味 がどういうことか、当時わからなかったのです。後で調べてわかったことは、大 阪外大、東京外大などに外国人教授が大勢おられましたが、肩書きは教授であっ ても、教授会構成メンバーでない、お雇い外国人でした。いわゆる「よそ者」で あります。「よそ者」は飾りで、パンダという表現をする外国人がいました。カ リキュラムの改革とか学生の処分権の問題とか教授会自治の大事な問題に一切ノ ータッチであります。1年切り替えの外国人教師・講師制度が文部省規定にあり まして、現在も存続しています。私たちが運動を始めて獲得した国公立大学「外 国人教員任用法」(1982年8月20日成立)とは別に、そういう制度があり まして、5年でも10年でもおられる専任的な扱いの教員と、1年で辞めていた だく非常勤並の講師と二通りございます。契約上は1年切り替えであるから専任 としての機能は果たせない、そういう教員が肩書きは、「大学教授」として通っ てきたのであります。
私の桃山学院大学における採用が日本で初めてだと書かれてみると、そんなに 差別がひどいものかなとびっくりしたのです。かつては官尊民卑ということで、 私学は低く見られた時代が続きました。わたしの生いたちと体験から申しますと、 私は大学教員になるために勉強したのではなく、就職して普通のサラリーマンに なるつもりでした。生まれは韓国の釜山で、1942年(昭和17年)に日本に まいりました。韓国の南端にある釜山は大阪のような大都市であります。9歳の 時に、こちらへまいりまして、いま、66歳です。56〜7年間も日本に住んで います。本日は私より若い先生もおられますが、1942年から日本の市民とし て生きているという意味では、若い人よりはわたしの方が日本社会とつながりが 強いと言えましょう。
さて、大学を出て就職をしようとした時、友だちはほとんど一流商社、(一流 とか二流とかいう表現はよくないと思いますが、)有名なメーカーに就職する。 私だけが就職できなかったのです。就職課長と相談して当たってみようと、金融 機関では三和銀行へ書類を出しました。これまで採用された実績がない、国籍が 違う者として、「韓国人の採用予定なし」ということで書類が戻されてきました。 メーカーでは当時の八幡製鉄所(今の新日鉄)をアタックしてみようと。これも 書類が戻ってくる。商社は伊藤忠商事に書類を出しました。これも戻ってくる。 日本人の友人は皆、入社するのに私には試験を受けるチャンスが与えられない。 当時は上場会社のどこも定住外国人を採用しなかった1955、6年ごろであり ます。
そういうことで、同じ大学を卒業しても、私だけが就職できない灰色の人生を 味わって、半年ほど悩みました。韓国銀行(日銀に相当)にアタックしましたら、 国立銀行はじめ、現地採用はしない、とだめでした。韓国へ帰るか、アメリカへ 行くかと悩んで、大学の先生に相談しました。最後は、公認会計士を目標に勉強 し直そうと、1年遅れて大学院に進学したのです。
大学を卒業しても皆さんと同じように就職の機会均等がない。大学院を出ても 韓朝鮮人学者がいない当時だから、公認会計士かコンサルタントとかで生活を営 むという計画でしたが、博士課程を終わるとき、「帰化をして日本国籍を取れば、 国立大学のいい口がある」という誘いが、当時の学長とゼミの先生からございま した。私は多少、民族意識が強いということもありまして、(日本国籍を取るこ との意味も考えたのですが、)結論は韓朝鮮人として生きると。それは非常に差 別のきつい対象になることを意味しますが、それでも国立は諦めました。私学の 方を探して、桃山学院、立命館と名古屋、東京の私学からの求人があり、関西で 住むということで、立命館大学と桃山学院大学に書類を出しました。桃山の方が 早く決まったわけです。後から立命館の経営学部の先生からも聞いたのですが、 10日くらい早かったようで当時は先決優先時代でしたので、桃山で碌をはむこ とになりました。幸いに、小さな組織ですので一人ひとりの教員の働くさまがわ かる。得意も不得意もお互いによくわかるという環境で、一生懸命やって、学内 での信用がそれなりにできてよかったと思います。
長らくいろいろと管理職もつとめました。経営学部長、図書館長、大学評議委 員と法人評議員は合算で延べ20年ほど務めました。95年に私が断るまでです。 この話をいたしますのは、今でも国公立大学では管理職は定住外国人はだめだと いう発想があるからです。国公立大学と私学の管理職はどこが違うのかという問 題提起になるでしょう。
私は大学院のゼミの先生方のお世話になりまして就職できたのですが、思うに、 なぜ国公立大学は日本国籍を要求するのかという事です。国家公務員法、地方公 務員法、教育公務員特例法など、国公立大学の教員採用に関する法律は全部調べ ました。法律の上では「国籍条項」、外国人だからだめだという規定は全然ない。 法律の上で「国籍条項」があるのは、日本国を代表して国際会議に出る、国家の 関係で、外務公務員法第7条(欠格事由)に「日本国籍を必要」とする規定があ ります。他の法律には「国籍条項」がないわけですから、定住外国人を採用して もいいのだという解釈が可能であります。しかし、日本の官庁その他、大学の教 員も含めて、定住外国人は公務員や国公立大学の先生はだめだというアタマから の先入観があります。これを直すためにはどうすればいいか、ずいぶん大きな課 題であります。
2. 国立大学「外国人教員任用法」の獲得
私は1972年10月、「在日韓国・朝鮮人大学教員懇談会」(=「大学教員 懇」)という組織を発足させました。当時、冷や飯を食っていた大学の助手たち、 阪大、京大などの特に理科系の助手が多かったのですが、こういう先生方は、大 学教授と同じような仕事、学生の指導をやりながら、給料は最高でも日本人教授 の6割です。4割低いわけですから、子どもを私学に行かせられないという悩み が語られました。こういう先生方を何とか専任講師、助教授に昇任させる方法は ないものかと、助手たちを含めて組織を作り、市民運動も10年も継続した結果、 「外国人教員任用法」が、1982年8月20日に参議院を通過し、翌月1日施 行で動き出しました(日高六郎・徐龍龍編『大学の国際化と外国人教員』第三文 明社、1980年刊を参照)。この任用法で最初に採用されたのが京大でのコー ニッキーというイギリス人、日本マンガの研究家でした。これが新聞に大々的に 報道されました。ところが彼は任期が2年だったようで、非常に短かったのです。 京大の外国人教員任用上の任期規定は3年ですが、その中でも2年です。彼は1 年ほど京大に務めた後、さっさと辞めてイギリスに帰ってしまいました。
「外国人教員を任期なく公平に」という私の主張は、資料1として、タイトル の通り、『朝日新聞』の「論壇」(1998,3,18「外国人教員を任期なく 公平に」)をそのまま読んでいただくことに致しました。今、申し上げた主な部 分は触れているわけですが、日本人はなぜ外国人だけに任期をつけるのか。その 論理が乏しい。もちろん確とした論理があって任用が制限されるならやむをえな いのですが、外国人の中で、ノーベル賞を取るような実力者はなかなか日本にき ませんが、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスその他の国で、本人の職が現 にあって、数年間だけ日本の大学で勤めようということはありますので、契約社 会の常として、何年か後には戻るというきっちりとした計画も必要であります。 そういう場合は任期をつけていただいて結構ですが、私たち韓朝鮮人はそういう 外国人のために運動したのではありません。
私自身も含めまして、日本に住む「定住外国人」(Permanent al ien residents.私の造語)は、市民運動をやる中で、いくつか造 語を生み出しました。いつまでたっても専任講師、助教授になれない「万年助手」 (=知的低賃金労働者)も私が造りました。「定住外国人」は少なくとも3年以 上日本に住んで納税の義務を果たし、日本に生活の基盤がある、日本国籍を持た ない外国人のことだと広めております(詳しくは、徐龍龍編『共生社会への地方 参政権』日本評論社1995年、19頁を参照)。期間を3年という人も5年だ という人もいます。私が3年としたのは、日本の国籍法、戸籍法の中で日本国籍 を取得する最短距離だからです。日本の女性と結婚した場合、その男性は3年後 には日本国籍を取得できるという根拠がございます。
日本人の地方自治体での選挙権は3ヶ月以上、その地域に住んでいれば選挙人 名簿に登録できるようになっています。数ヶ月単位で市民として認める法律もご ざいます。定住の意味はそれよりもずっと長く3年以上住んで、税金を払ってお れば市民的権利は付与されるべきであると考えます。
学問の世界は国籍は無関係で国境がないと言われますが、日本では現実にある ということです。外国人教員の任用について、日本の先生方は今、外国人がどれ だけ採用されているかという実態にほとんど関心がない。数値をあげますと、技 術職や、医者とか現業の仕事ではなく、公務員一般職として1,374人も任用 され、5年前に比べると2.6倍になっています。外国人の専任講師以上の大学 教員数は、国立では筑波大学、東北大学、広島大学、東大、九州大学の順。こう 見てまいりますと、京都大学は出てまいりません。大学の国際化という点では、 京大は遅れているというのが私の見解です。これは、数値の上ではっきり出てい ます。上記の大学は意欲的であると感じます。公立では会津大学が47人採用。 会津大学は、ほとんどロシアから、ソ連の崩壊の後、すばらしい研究者をお迎え したという背景がございます。広島市立大学、青森公大、大阪市立大学、北九州 大学、こういった所が非常に多く、発展的だといえましょう。
反面、任期を強要する大学が多い。「外国人教員任用法」では、必ずしも任期 をつけなければならないというふうにはなっておりません。古くて新しい課題、 日本には二つのカベ、「心のカベ」と「国籍のカベ」があります。「心のカベ」 は余所者をはじき出しています。「国籍のカベ」は法律上、日本国籍を必要とす ると出ていますが、それは少ない。それよりももっと厳しいのが「心のカベ」、 日本人の発想の問題であります。これを私はカタカナで書くことにしています。 なぜなら、漢字で書く「壁」というのは、見た目で感じるんですが、物理的に壊 すことができる。しかし「心のカベ」は壊すことが難しい。本人が意識的に勉強 して、自分自身を改革しない限りは難しいという意味です。厳し批判があること をご理解下さい。
3.外国人教員も任期なく公平に
外国人教員の任用上、最大のネックは、日本人にはなかった任期を強要する点 です。国立大学外国人教員では8割弱(97年で79.8%)。公立大学は幸い に3割強(同32.8%)が任期付で、67%以上に任期がありません。なぜこ うも違うのか。先生方が国立は官吏だという意識がある。教官会議とか、教官食 堂とか、退官式とか、退官記念講演とかいう言葉が新聞で出ています。その用語 を見ながら、天皇制とリンクされた官吏は、敗戦の1945年でなくなったはず なのに、どうして先生方はアタマを切り変えないのか。その古い意識が問題です。 地方公務員は市民へのサービス機関として、国家公務員も国民に対するサービス をやるということで、昔のように天皇制のもとで髪の毛から爪先まですべて天皇 に捧げる時代ではない筈なのに、その意識がまだ改革されてなくて、教官、退官 という言葉がまだ生き残っていると思います。アジアの民からみれば、実に恐ろ しいことです。
そういう意識の延長が、自分たちは任期がなくてあたりまえで、定住外国人は つけてあたりまえだと国立大学の約8割が任期をつけている。ところが、公立大 学は僅か32%強しか任期をつけていません。本来、この「外国人教員任用法」 は任期がなくても採用できる法律なのです。教員による大学自治の悪い運用で、 自治をはき違えているのではないかと思います。
桃山学院大総合研究所のプロジェクトチーム「共生社会」(徐代表)を199 2年から研究しています。この言葉は今はやりになっていますが、「共に生きる」 とはどういうことか、具体的に実行してないことには仕方ないのですが、言葉だ けが先走っています。
外国人教員も任期なく公平に。これは永年にわたる私の願いです。任期をつけ る場合は、日本人も平等につけていく。そういう同じ研究仲間としての意識の改 革が、日本人全般に要請されています。
資料2(朝日新聞、1995,7,28文化欄)をご覧下さい。私がウィーン 大学の客員教授だった時のことを記事に書いています。まず私が申し上げたいの は、留学生が多いこと。27,677人、大学生総数の12.4%です。日本は 21世紀までに10万人計画をたてましたが完全にダウンしました。ダウンする 理由は入居差別などいろいろございますが、それは今日は触れません。次に、大 学全体の正教授全員1,168人のうち、外国人教授が292名で25%を占め ています。(1995年3月現在)。大学教授に採用されるとすぐにオーストリ アの国籍を付与し、二重国籍を認めています。本人が帰国したい時に、国籍を離 脱する手続きをして元の国籍に変わるというシステムになっています。さらに、 客員教授が628人のうち339人、全員の54%が外国人客員教授です(同上)。 自分たちの役に立つ教授はどんどん外国から呼んで、教授の肩書きを与える。私 も力はないのですが、客員教授をつとめました。オーストリア国は、人口は約7 90万人、大阪より少ないのですが、広さは北海道くらいの国でノーベル賞受賞 者が18人も。有能な人を招請して、大学の教授に簡単にするところがその一因 だといえますが、日本と全然違うのです。
実は98年9月8日、ウィーン大学に招かれまして、そこで任期問題について 講演しました。演題は「日本の大学における任期制と外国人教員」でした。東欧 諸国が解放されまして、それまではオーストリアが東欧圏の窓口になっていまし た。ビジネスもそうですが、コミッションを取ることができたのです。ところが、 解放されてから資本主義社会と社会主義圏は直接取引をやる。オーストリアの存 在価値がずっと落ちてきた。スキー製品の販売でもほとんどスイス、ドイツなど に取られてしまう。日本に対するスキー用品の輸出も少なく、大メーカーも倒産 したとぼやいていました。経済的に苦しい中で、日本人の観光客だけが外貨を稼 ぐ大きなウェイトを占めるということで、歓迎されています。たとえば、ウィー ンフィルの高価な座席は半分以上が日本人で埋まります。経済的な苦難がありま して、大学教授の任期制も今、検討していると伺っています。
私は(「朝日新聞」、1996年5月24日と同8月7日付の「論壇」で)、 「法治主義を壊す国籍条項」などを取り上げました。日本は確かに法治国家です。 しかし実態的にそうかというと、?マークです。日本の大学で憲法も学び、考え ることも皆さんと共通した部分も多いのですが、例えば、憲法第9条はどうなっ たか。敗戦後、東洋のスイスのように永久に軍備は放棄するという解釈が自民党 から共産党まで一致していました。それが、朝鮮動乱(6・25動乱)が始まっ た後に警察予備隊の創設から自衛隊ができる。ドイツの場合も軍備をしています が、憲法を改正しています。私は定住外国人の立場で憲法改正云々は言えません が、日本人は法律をなし崩し的に都合のいいように解釈する技術に長けています。 逆に言えば、日本という国は法的に弱い。さらに言えば、論理性が弱い。ご都合 主義で何とか根回しすればいい。大学の教授もそういう人が多いのではないか。 大学教授かサラリーマンかわからない、区別がつかない先生もおられます。私も 含めて反省すべきことだと思いますけれども、そういう面で論理性に欠けている ということを50年以上も日本に住みながら痛感するわけです。
特に、「国籍条項」は定住外国人だけ、就職をする場合に、「日本国籍を必要 とする」とつけている部分です。国公立大学の就職にもそれが採用されました。 公務員採用の場合、国家公務員、地方公務員両方ありますが、「国籍条項」はご ざいません。ですから定住外国人が採用されてあたりまえです。ところがそこに いろんな制約を設けています。「国籍条項」は法律ではない。法治国家といいな がら、法律ではないものに引きずり回されてる。憲法第9条はいい加減に解釈す る。今や世界第3位の軍事予算を組みながら、「軍備はしません」「侵略はしま せん」と言っても誰も信用しない。PKOでは強行採決してまで、自衛隊を中東 へ派兵しました。周辺諸国、中国その他、アジア諸国は、経済的には日本と手を 握っていますが、軍事的な側面は日本は警戒されていることは間違いないところ であります。(98年訪日の金大中韓国大統領は、日本の軍事問題にはふれませ んでしたが、江沢民中国主席は、日本人の歴史認識の誤りと軍事主義に警鐘を鳴 らしています)。
4.「国籍条項」を生んだ「当然の法理」とは
「国籍条項」を都道府県の職員採用規定の中に入れましたのは、「当然の法理」 のためです。「当然の法理」とは、「公権力の行使又は国家意思の形成への参画 にたずさわる公務員となるためには日本国籍を必要」とする見解(1953年3 月25日、内閣法制局ー発第29号、高辻正巳見解)をさします。当然という以 上は論理を明らかにしないいといけないのですが、日本政府にはそれがありませ ん。公務員すべて「公権力の行使又は国家意思の形成」にかかわるという口実で 定住外国人はだめだ、日本国籍が必要だとしました。国立大学でも定住外国人が カットされたのはそのためです。国立大学の先生は、「公権力の行使又は国家意 思の形成」にかかわるという解釈をしています。それはおかしいのではないか。 どういう意味で「国家意思の形成」にかかわるのか。文部省にも方針があって、 国立大学にも指示される場合があります。しかし大学の自治があって、文部省の 言いなりになれない部分も広がっております。国立大学に対する国家予算はわか りますが、「国家意思の形成」は国会があるではないか。国会で日本国の意思形 成がなされるし、大事な行政もそこで決まる。法律も決まると解釈するわけです が、それでもなお日本の国立大学は「国家意思の形成」にかかわるという解釈を しておりまして、一人も外国人を正規の教授に採用しなかったのです。
「当然の法理」は法律ではなく法制局の解釈です。1973年5月28日、自 治省が「当然の法理」を拡大解釈して、「地方公共団体の意思形成」にかかわる 職員の採用に、日本国籍を必要とするとしました。このような解釈の延長で、地 方自治体を縛る「国籍条項」が全国に拡がりまして、地方自治体の定住外国人職 員の採用が全部アウトになりました。
しかし、我々は市民運動を70年代から展開しました。大阪府の場合、池田市、 豊中市、東大阪市も含めてほとんどの地方自治体が大体外国人の職員を採用しま した。採用した結果は今も問題が起こっていません。そういうことで広がって、 今や政令指定都市すらも「国際」職や「経営情報」職などの特別な職名を付け、 「管理職にはしない」という一礼を政府に入れて採用するという逃げ道をやって おります。そういう逃げ道を辿るのではなく、堂々と法的にはっきりしないもの ははっきりさせるという論理的な行き方をとらない。だから、日本の法治主義は ご都合主義だと私たちは考えるようになり、それが日本人の信頼問題にもかかわ ってくるのです。
大阪府、高知県、川崎市、神戸市、神奈川県、横浜市、大阪市なども特別な解 釈による職種を設けていますが、政府の規制により、「江戸の仇は長崎で」とい うことで、政府の方針に従わない場合は、後から予算面などの締めつけがありま す。おそらく任期制の問題でも、今は各大学の自治に任すと言っていますが、一 旦緩急あらば、必ず嵐が吹きすさぶ時が来るということを考えますと、(おしな べて先生方は弱いわけです。あの厳しい戦争中、刑務所にほうりこまれても節を 曲げなかった先生が何人いたかを考えますと、)人間は弱いものです。任期問題 も法律で決まっているのに、なぜ無視するのかということで、いずれ遠からず、 何か嫌がらせが、予算措置の面などで出てくると予想されます(岡崎勝彦『外国 人の公務員就任権−「当然の法理」の形成と崩壊』、地方自治総合研究所、19 98年刊を参照)。
要するに、法治主義を壊すのが「国籍条項」で、その上に「当然の法理」とい う妖怪のような解釈がある。それは法律ではない。法律でないものを法治国家だ という日本で、「錦の御旗」のように振りかざしている政府、自治体、国立大学 はおかしい機関であると思います。私の「論壇」に対して、元人事院事務総長の 鹿児島重治氏が反論を加えました。その反論に対してもう一度私が反論したのが 8月7日付「論壇」です(タイトルは「国籍条項廃しアジア市民へ」です)。批 判に対する反批判です。私の考えは、アジア市民に、国籍を超越していかに脱皮 できるかというのが大きなフィロソフィとして掲げられています。日本の将来は そういう方向性を持たないかぎり、尊敬されないと主張しているわけです。
5.国公立大学外国人教員の任用運動
私の還暦記念論文集『アジア市民と韓朝鮮人』(日本評論社、1993年)に 一つの章を担当した「国公立大学外国人教員任用運動の現状を課題」をコピーし て配布しました。この中に日本学術会議、公立大学協会の見解、東大の任期規制 が掲載されていますので、各先生方ご覧いただけたら幸いです。その一部の2節、 国立大学外国人教員の任用運動、そこでは、私の被差別体験からはじめました。 桃山大に採用されたのが1963年4月で、その後なぜ定住外国人は国公立大学 の教員になれないのかを調べました結果、法律上は問題がないことがわかって組 織を作ったのが72年10月です。そこで「万年助手」を集めました。年が50 歳になっても助手扱いで給料は日本人教授の6割、仕事は学位論文の学生指導を 阪大でも京大でも教授と同じことをやりながら給料が少ない。肩書きも助手とい うことで不安な生活をしている。そういう人を集めて、当時の永井道雄文部大臣 に会見して提出した文書が「国公立大学へのアジア人専任教員採用等に関する要 請書」(1975年10月)です。永井文相と会見できたのは、故・受田新吉先 生(民社党、岡山県選出)のご紹介によるものです。その後、京都クリスチャン アカデミーと共催で、京都や東京で大きなシンポジウムを開きました。日高六郎 先生、飯沼二郎先生が代表になられまして、「外国人教員の任用を促進する会」 が77年にできました。日本の先生方のおかげで、各大学の学長その他、有力な 先生がずいぶんメンバーに入って下さいました。
私は10年間、文部省通いをして大臣、文部次官、大学局長などに会いました。 高位者から交渉しないと運動が成り立たないので熱心に、東京を往来しました。 はじめは民社党や社会党の国会議員にお願いしたのですが、国会では力が及ばな い。そこで自民党で藤波孝生氏、森喜朗氏、石橋一弥氏、秦野章氏らの大臣クラ スなど、また岩間英太郎、井内慶次郎、佐野文一郎氏らの文部事務次官らと自民 党の新生クラブ、文教族と交渉して、法案が出されました。法案は5次まででき まして、法制定の土壇場で任期規定が入りました。九州選出の西岡武夫氏が反対 をして、いずれ日本人教授にも任期制が必要だということを、すでに自民党の文 書の中に書いておりました。それを見まして、私は当時の新聞など数カ所に「定 住外国人の任期問題は日本人の任期問題である」と述べて、注意を喚起したわけ ですが、ほとんどの日本人は読まれないか、無関心でした。
最近の学術会議の雑誌を見ますと、任期問題は92年の答申がはしりだと書い てありますが、それは認識不足で、実は80,81年に任期問題に任期問題につ いてチラホラと自民党の中には話が出て活字になっています。定住外国人への任 期問題は、日本人への実践課程であると、私どもは受けとめているのです。それ ゆえ今の任期問題の前史としては、定住外国人の任用問題を振り返ってみなけれ ばならないでしょう。最後の土壇場で、西岡氏の主張で、これを加入しないと法 律は通さないという強い発言があって、外国人への任期規定が入ったようです。
6.「外国人教員任用法」と付帯決議
任用法は4条だけの簡単なものでありますが、配布した「国立または公立の大 学における外国人教員の任用等に関する特別措置法」(1982,9,1)をご 覧いただきたいと思います。「特別措置」という言い方に私どもは反対です。外 国人教員の任用に特別措置は必要ないという立場です。日本学術会議の見解や公 立大学協会によれば、法律によらなくても現行の法令で外国人を採用できるので す。採用できるだけでなく、学部長、学長等管理職もOKというのが学術会議の 見解です。そういう見解があるにもかかわらず、なぜ日本の大学は採用しなかっ たのか。「国籍条項」の問題ではなく、日本人の「心のカベ」です。自分たちだ けよければいいという、俗な言葉で言えば、日本人のエゴイズムで非常にわびし い心情です。法律はできたのですが、私たちはこれをいい方向に活用しよう、法 律の名においてこれまでの日本人「心のカベ」を突破することができる、そうい うふうに考えました。私たちは力が弱いので、なかなか社会にアピールできない が、法律があればそれによって任用は進むという立場を取りました。
さて、任用法の第2条1項で教員の定義に助手が入っていません。しかし、最 近の日本人の任期問題で、「大学の教員等の任期に関する法律」(以下、「任期 法律」)(1997,6,13)、第2条2項では、教員は助手までを指してい ます。同じ法律でありながら教員の範囲が違う。これは何らかの意図があるわけ です。
元へ戻りまして、任用法第2条・3項「第一項の規定により任用される教員の 任期については大学管理機関の定めるところによる」。この表現が、それまでの 国家公務員、大学の学長、学部長の任期の規定と違うところです。これまでの法 律では、「任期は大学管理機関が定めるものとする」。必ず定めなければならな いのが、学長とか学部長、部長の任期です。ところが、外国人教員の場合は、 「管理機関の定めるところによる」となって、「管理機関が必要だとするならば 定めるし、必要と認めないならば定めなくてもよい」という解釈です。これは当 時の国会議事録に、社会党や共産党の議員が質問をした政府答弁に鮮明に出てい ます。任期をつけないで採用する大学も当初からある程度現れましたし、無任期 を増やしていくことが私たちの運動のポイントになりました。
法律そのものは第4条まで、附則等はその時その時に新しい機関ができますか ら、入試センター、財務センターなどができたことに応じて付け加えていく部分 です。当初はこの部分はなかったのです。
任用法を制定する時に、国会の付帯決議がありました。これが無視され、ほと んど皆さんに知られていないことなので、紹介したいと思います。1項は、政府 は国公立大学の外国人教員について、学長、学部長等の管理職への任用について、 その方途を引き続き検討すること。国会の法務担当者は、現職のままでも学長、 学部長にも任用できる、管理職は構いませんという解釈をしておりました。日本 学術会議特別部会の法科系の学長、学部長の方々は小委員会を作りましたが、そ の検討では「管理職には外国人も採用できる」という見解でございました。「そ の方途をを引続き検討する」というのは、なれるようにするという解釈で当時、 国会では議論されています。
先程、私が自分の学部長経験を申しあげましたのは、その関連です。図書館長、 経営学部長、評議員を延べ約20年もやりましたが、これは大学のために努力す ることであって、私が韓朝鮮人だからコリアンのために行動するということは全 くございません。私学において学長も、ヨゼフ・ピタウ上智大学前学長、四国学 院大学アメリカ人の学長もおりました。私学で学長、学部長ができて、国公立で できないのはどういう意味なのか。そこで先生方にお考えいただきたいのは、国 公立大学の社会的な機能は私学と変わらないことです。昔のように、帝国大学令、 国家に有為の人材を登用するとか。そういうものは古文書になりまして関係ない のです。予算が国から与えられ文部行政として交通整理をするのが国立大学だと 思います。医者が多ければ医学部の定員を減らすなどの文教行政は必要かと思い ますが、それ以外に国が大学を管理統制する必要があるのか、ないのか。国立大 学の管理職に外国人がいて、どうして不都合なのか、という点が十分に議論され ていない。社会的にみてどこが国公立と私学は違うのか、などの検討が必要でし ょう。
任期制の問題についても、あくまでも国が強要するのではなく、大学管理機関 の判断に委ねる。国会でも議論されて、なくてもいいのではないか、学術会議、 公立大学協会の見解も作用しまして、できるだけ平等にするようにという含みで ございました。国会付帯決議の2項は、「外国人教員の任期制については、大学 管理機関の自主的判断に委ねること」になっていますが、ごの問題はすでに述べ たとおりであります。
3項は、外国人の教員の中で日本語が十分にできない人には配慮するとか、日 本語の習得の機会の提供、その他、住居の問題など、処遇に対する特別な配慮と その条件の整備に努めるという内容です。付帯決議はその後、全然議論されてい ません。そこが問題です。
7.外国人教員への差別的任期規程
現在も1年更新の外国人教師(専任)と外国人講師(非常勤)の制度が、国家 公務員法第2条第7項によって存続していますが、各地で裁判が提起されていま す。
たとえば、北海道に旭川大学では、13年間も英語教育につくしたギャラガー さんが「契約期間の満了」という理由で解雇され、「ギャラガー先生を教壇にも どす会」とともに裁判闘争に入っています。また九州では熊本県立大学で、「a fulltime faculty member](専任教員)として契約さ れたワージントンさんらが、1年契約の特別職にされて更新を拒否され、労働組 合「くまもとゼネラルユニオン」を結成し、「熊本県立大学外国人教員を守る会」 とともに闘っています。いずれも不安定な外国人教員の雇用の問題性を社会に明 示しました。
私たちが運動して成立した「外国人教員任用法」は、国家公務員一般職、地方 公務員一般職として差別がないようにしてほしいと願っています。
「外国人教員任用法」ができまして、真先にマスコミを賑わしたのは、イギリ ス人コーニッキーさんですが、2年たたずに彼は辞めたのです。京大の外国人教 員の任期に関する規程(83年2月)として、1条は「外国人の任用はこの規程 による」。2条が問題で、京大では「外国人の教員の任期は3年とし、再任を妨 げない」とありますが、現実には更新しないか、または1回しか更新しないと桃 大総研のアンケート調査に出ています。任期の3年が済むと後任を公募して問題 になっている某助教授もいます。新聞にはまだ出ていませんが、場合によっては 出るかもしれません。京都大学はこの規程を他の大学に先駆けて作り、それを阪 大や神戸大学などの全国の大学に送ったようです。問題のある京都大学の規程を まねて、各大学が競って3年任期の規程をつくりました。京大は長い間、無任期 の教員を採用しませんでしたが、やっと最近になって無任期の教員を採用してい る実態があります(97年統計で7名、国公立大学では全国9位)。任期規程で 一番いいのは東大です。天下の東大、悪い面もございますが、外国人教員の任期 に関する問題では非常によいということでPRをしています。
東大の外国人任用任期規程の第2条は、「外国人教員は任期を定めないで任用 することができる」と。これを援用しまして、日本で2番目に任期なしの教員を 採用しました。同第3条は、「任期を定めて任用する場合には任期は教授会の議 に基づき総長が定める」。本人との相談の上で教授会で決めればよろしいと。東 大の良い例です。
外国人教員を無任期で平等に採用した第1号は九州大学です。1984年4月 1日付で教養部助教授ミヒェルさんが採用されました。九州大学の外国人教員の 任用規程は、第2条「外国人教員の任期は3年とする」。第3条は「特段の理由 がある場合には、……評議会の議に基づき、学長が個別に任期を定め、又は定め ない者とする」。九大ではこの第3条を活用して全国で無任期第1号を生みだし たのであります。
ところが、ほとんどの国立大学では「任期3年」の誤まれる規程を自らつくっ てそれを踏襲し、国立大学全体で約8割(98年新統計では77.4%)の任期 つき外国人教員を生みだしたのであります。その任期規程は京大のものと大同小 異なので省略いたします。各大学が自ら進んで「3年制限」を撤廃するように要 請いたします。
8.「大学の教員等の任期に関する法律」
1997年6月13日に公布された日本人向けの法律です。こまごま論評する ことはさし控えますが、すでに日本人教授たちが法的な問題、実態の問題を書い ておられます。しかし、どの論稿を見ましても、外国人教員への任期についてふ れておられる先生がほとんどいないのはさびしいですね。いかに国際化への視野 が狭いか。自分たちの問題しか視野にない。これではグローバル時代のユニバー サルな大学人とは言えません。「任期法律」が問題にしているのは研究、教育の 自由、大学の自治との関係ですが、いったい自治とは何か。採用問題(人事権) だけが自治だというのか。その自治も定住外国人をほとんどカットしているわけ で、それが正しい自治なのか。研究、教育の自由とは日本人だけのことなのか問 われています。任期をつけた場合、教育と研究がどの程度保証できるのかという 問題が今、先生方が一番考えておられることかと思います。
「任期法律」は研究、教育の活性化も訴えています。教員の流動性の問題とも いっております。確かに論文も書かない教授がいることは事実ですが、教授の教 育と社会活動をどう評価するのか、そういうものを自主的に大学改革の中で何と かできないものでしょうか。これらは大学の改革の問題、主体的な問題かと思い ます。今回の「任期法律」が大学改革の補完的な意味を持てばいいのですが、大 学改革が自主的にできないということであれば、国家権力で強制してくるでしょ う。第2次世界大戦中のこともありますので、昔のことを振り返ってみる時、そ ういうことが絶対ないということは保証できません。大学改革を自ら進めて活性 化を達成していく必要性があるでしょう。
「多様な人材の受け入れ」も任期に関する問題です。例えば実社会の人を迎え るということ、最近は、銀行マンとか商社マンとか、具体的な実践の中で、著書 のある、よく知られている人などを大学教授に迎えたりしています。私学の場合 が多いのですが、講座制の国公立の場合、定員があるわけですから、現職に辞め ていただく、辞めた人がどこへ行くのかという行き先の問題、40歳、50歳で クビになって行きところがない、とすれば研究者の将来があるのかという問題も、 「流動性」の問題として考える必要があります。「人材の受け入れ」に関して、 辞めさされた人はどうなっていくのか、まさに研究者の人権問題になるでしょう。
その他、任期付与の対象と評価。国立大学でも助手の任期を東北大学、東大が 2年、3年と置いています。助手はその大学の専任講師には任用しないという大 学もあり、任期付に等しい大学もあります。助手だけを「流動性」(任期つき) の対象とする意見が当初にありましたが、それは全く不公平そのもので、これを 教授職まで固定化するのかどうかが問題です。いずれにしても教授などの身分保 障をどうするかを考えるわけですが、最近の新聞記事では、労働基準法の改正が 98年9月25日に成立しました。法の条文と、国公立大学の停滞した人事の趨 勢を見て、これから議論されることでしょう。
2000年4月施行の改正労働基準法の要点は、労働時間ではなく、労働の実 績を評価して給与や人事を決める「裁量労働制」の適用拡大にあります。裁量労 働制は、すでに弁護士業や研究開発職などに認められていますが、大学教員の場 合、誰が実績評価をし、その公正さをどう確保するのかが大きな課題となりまし ょう。大学によっては、たらい回しの管理職もある現状で、公正な業績評価がで きるかどうか、ややもすると、嫌いな人物に対するいじめの構造ができないとも 限らないでしょう。その中に身分保障の問題やパートタイマーの雇用問題などが 含まれますが、大学に関しては専任の位置付けが課題になるでしょう。
9.外国人教員の実態調査にみる地位・任期制
桃山学院大学総合研究所で「共生社会」のプロジェクトチームが95年9月に 実態調査をしました。国公立大学の全事務局と外国人教員631名を名簿から拾 い挙げたもので、中には日本人もいたかもしれません。それで回収率が26.3 %と低いようです。しかし、初めての実態調査ですので出てきた実情は貴重なも のです。
表1で、対象とされた方で回答を下さった皆さんの出身地域ごとに紹介してい ます。アジアが62%、ヨーロッパは21%、北・南米は14%です。
採用前の滞日期間が表2です。任用で初めて来日したのは8人だけ。後は3〜 5年が17%、5〜10年が46%,10年以上もかなり多く10%で、日本の 実情もわかって日本語もできる人が多いのです。
表3は国際化に関する意識について「外国人教員を一時雇いのお客さん」視が 51%強、「必ずしも、そう思わない」37「決してそう思わない」のは10% 強でお客さん扱い、余所者という考えが抜けきれない現状があります。「国際化 の飾り者」、パンダと同じように考えている、25%強に対し「そう思わない」 のが57%強あるのが多少救いかと思います。外国人の採用問題について「外国 人に開放されている]12弱、「必ずしもそう思わない」が51%。「決してそ う思わない」が86%強もあって予想以上に多い。
日本の大学での不快感について(表4)。日本人教員への不快感49%が、大 学当局43%、学生34%弱より大きいことに注目すべきであろう。日本人のエ ゴとか対話不足などが原因ではなかろうか。
表5の昇任について。日本人教員との差異が「ある」が38%弱と多い。「な い」が30%。管理職への昇任、給与、担当コマ数などを参考にしてください。
問題になっている任期制については、表6で「任期あり」が62%強、国公立 の合算です。文部省の97年調査では、国立は約80%が任期をつけられており、 逆に公立は67%強が任期なしで差があります。任期の実態は表7で。3年が約 71%で一番多い。京大の悪しき先例が一般化したと考えられますが、ひどいの は1年が13%もあります。
「更新回数の有無」表8で、「制限がある」のが17%強「なし」が57%強、 半分以上は更新を無条件にやっています。だが京大の場合は3年目で更新されず、 前述のように後任を公募中の情報が入りました。アンケート調査で更新の制限回 数1回の例に京都大学が入っています。日本人と同じように終身雇用として考え ていなかったことは明らかです。これは95年段階ですので、日本の「任期法律」 ができる前のことです。
自動更新か否か。表10で、「自動更新」が57%。「制約あり」が36.7 %。国立大学での任期がない外国人教員の採用についての大学別のリストをみれ ば、609名中、123名(98年統計では、662名のうち150名)が任期 なしで任用されています。「任期なし」が多いのが筑波大学21名、あと東大、 神戸大、大阪大、などが10名以上(98年統計も同じ順位)です。公立大学協 会の調査では、会津大36名が突出し、あと広島市大、北九州大、青森大、滋賀 県立大の順です。
資料5。文部省は毎年、国籍別の任用リストを作成しています。国籍別では中 国175名が多く、次にアメリカ92名、韓朝鮮91名であとイギリス・ドイツ ・ロシアと続きます。北朝鮮が6名と出ていましたが、韓国と合算して「韓朝鮮」 としました。「北朝鮮」という国はないのです。これもマスコミや政府が間違っ ているところで、北は朝鮮であり、南は韓国であり、固有名詞を勝手に変えるの は失礼な話です。マスコミも北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と書くなら「朝 鮮」と書けばいいと思いますが、それが日本社会の問題性であります。南北は統 一してしかるべきで、私は「韓朝鮮」と表現しています。合計して、国立だけで 609名(98年統計では662名)。公大協だけの資料もありますが、担当科 目別に任期と人名が入っており、公表はプライバシーにかかわるので資料には出 していません。
ここに呈示していない資料で、研究者が「不安」を寄せてる事例があります。 更新されるかどうかは12月頃に判明するので他の大学に応募する時間がない。 だめなら予め赴任先を決めないといけない。非常勤講師も私学の場合は年内に来 年度の講師が決まりますが、国立の場合は2,3月頃に決まるそうで更新が不安 だというのです。また同一人であっても、公募して最初の任用と同じ手続きを踏 んでやっている国立大学があります。日本人にない苦しみを背負っている外国人 教員は特に任期に苦しんでいるという実態を知ってほしいのです。そのうえで、 ご自分の身の上に置き換えて、もしもご自分がそうされた場合にどうするのかを、 卑近な例としてお考えいただきたいのです。
おわりに
「国籍条項」をいかにして乗り越えていけるかという問題、これが大学の国際 化にとって重要な問題であります。その場合、法律は人民管理、国民を管理統制 するための法律ではなく、終極的には人命を守る法律であってしかるべきであり ます。そういう意味では、六法全書しか知らない法学者はあてになりません。世 の中の趨勢を把握し、法律をどう変えていくのか、法律を変えるのは国会の仕事 であり、法学者の仕事ではないと、六法全書の解釈屋に成り下がっている教授が 実に多いではありませんか?これは研究者の資質の重大な問題かと思います。
たとえば、森永ヒ素ミルク事件がありましが、それに適応する法律はなかった のです。水俣病やカネミ油症もありました。その他、環境汚染による人命損傷な どもあります。定住外国人の人権や地方自治体参政権の問題など、世の中の新し い問題に開かれた目を持たないと生きた法律は作れません。金権体質に侵されて いる国会議員や各団体の金権代表としての国会を当てにしていたのではだめでし ょう。法学者が現実を見た上で、案を出して法律論争をしてほしいものです。憲 法の問題も含めて日本の法治主義には問題がある。長期的には、日本がそういう 状態では崩壊すると考えられますので早く改善してほしいものです。
私はヨーロッパで2年ほで生活しましたが、EUの展開、「ヨーロッパ市民」 が定着しています。このアジアにもああいう体制ができないものかと考えながら、 「国籍条項」を克服する一つの有力な思想として、「アジア市民」への道を以前 から考究しているのですが、日本人はアジアの一員だという意識が低いですね。 そこをどう乗り越えていくのか。国籍によって人を選別し、枠を決める考え方を なくしていって、人物本位に考える。そういう中で研究者の仲間も増やしていく。 大学教員の任期制もそれ敷衍して考えていく。グローバルな意味でのフィロソフ ィが必要ではないかと痛感しております。
どうもご静聴ありがとうございました。
資料1「朝日新聞」1998年3月18日付「論壇」徐稿。
資料2「朝日新聞」1995年7月28日付「文化欄」徐稿。
資料3「朝日新聞」1996年5月24日付、および同年8月7日付「論壇」徐稿。
資料4、桃山学院大学総合研究所「共生社会」
プロジェクトチームによる外国人教員に関する実態調査(95年9月)資料
資料5文部省調べ「外国人教員国籍別現員表」(1997年7月)
「付記」研究会当日配布資料のうち、次のものは本誌掲載を割愛いたしました
(徐)。
1.「外国人教員任用法」(条文)(1982年9月1日)
2.「大学の教員等の任期に関する法律」(条文)(1997年6月13日)
3.文部省調べ「任期の付されていない外国人教員機関別現員表」(1997年7月)
4.徐龍龍稿「国公立大学外国人教員の任用運動」
(『アジア市民と韓朝鮮人』、日本評論社からの抜粋)
以上
資料4
国公立大学外国人教員に関する調査(2)
外国人教員に対する調査
調査結果の抜粋
桃山学院大学総合研究所プロジェクト
「共生社会ー文化的多元主義に関する学術研究」(代表・徐龍龍教授)
A調査概要
調査対象:国公立大学に勤務する外国人教員631名
調査時期:1995年9月
調査方法:郵送法
回収数:143通
不能数:88通
回収率:26.3(不能票を除く)
表1.外国人教員の国籍(地域別)
地域−−−−−−−−−人数(%)
東アジア−−−−−−−76(54.7)
その他のアジア−−−−10(7.2)
ヨーロッパ−−−−−−29(20.9)
北米−−−−−−−−−17(12.2)
南米−−−−−−−−−3(2.1)
オーストラリア−−−−4(2.9)
計−−−−−−−−−−139(100.0)
表2.採用前の滞日期間
期間−−−人数(%)
任用で来日−−−−8(5.7)
3年未満−−−−−18(12.9)
3〜5年−−−−−24(17.1)
5〜10年−−−−64(45.7)
10年以上−−−−14(10.0)
日本生まれ−−−−11(7.9)
その他−−−−−−1(0.7)
計−−−−−−−−140(100.0)
*無回答の3ケースを除く
表3.日本の大学の国際化に関する意識
A−そうだと思う
B−必ずしもそう思わない
C−決してそうではない
D−無回答
(1)日本人教員は外国人教員を「一時雇いのお客さん」と考えている。
A−74(51.7) B-53(37.1) C−15(10.5) D−1(0.7)
(2)日本人教員は外国人教員を「大学国際化の飾り物」と考えている。
A−36(25.2) B-82(57.3) C−22(15.4) D−3(2.1)
(3)教員採用は、外国人に対して開放されている。
A−17(11.9) B-73(51.0) C−52(36.4) D−1(0.7)
表4.日本の大学での不快感
−−−−−−−−日本人教員への不快感/大学当局への不快感/学生への不快感
いつも感じる−−1(0.7)/ 4(2.8)/ 3(2.1)
時々感じる−−−68(48.3)/ 57(39.9) 45(31.5)
感じない−−−−67(46.9)/ 73(51.0)/ 87(60.8)
無回答−−−−−6(4.2)/ 9(6.3)/ 8(5.6)
−−−−−−−−143(100.0)/ 143(100.0)/ 143(100.0)
表5.日本人教員との差異
−−−−−−−−昇任について/管理職への就任/給与/ 担当コマ数
ある−−−−−−54(37.8)/ 81(56.6)/ 13(9.1)/ 14(9.8)
ない−−−−−−43(30.1)/ 15(10.5)/ 101(70.6)/ 100(69.9)
わからない−−−44(30.8)/ 41(28.7)/ 28(19.6)/ 22(15.4)
無回答−−−−−2(1.4)/ 6(4.2)/ 1(0.7) 7(4.9)
−−−−−−−−143(100.0)/ 143(100.0)/ 143(100.0)/ 143(100.0)
表6.任期制について
任期の有無
任期あり−−−−89(62.2)
任期なし−−−−52(36.4)
無回答−−−−−2(1.4)
合計−−−−−−143(100.0)
表7.任期年数
任期の実態
年数
1−−−12(13.5)
2−−−6(6.6)
3−−−63(70.8)
4−−−1(1.1)
5−−−2(2.2)
6−−−1(1.1)
8−−−1(1.1)
10−−−1(1.1)
無回答−2(2.2)
合計−−89(100.0)
表8.更新回数の制限の有無
制限あり−−−14(17.5)
制限なし−−−46(57.5)
無回答−−−−20(25.0)
合計−−−−−80(100.0)
表9.更新の制限回数
1回−−4(28.6)
2回−−3(21.4)
3回−−2(14.3)
無回答−5(35.7)
合計−−14(100.0)
表10.自動更新か否か
自動更新−−28(57.1)
制約あり−−18(36.7)
無回答−−−3(6.1)
合計−−−−49(100.0)