
★[11/25] 中国人民銀行25日発表の元レートは次の通り。(単位、元) 日本円(100円) 6・5308 米ドル(100ドル) 828・01 香港ドル(100ドル) 107・17
★[11/24] 24日付の中国各紙によると、1999年に返還されるポルトガル領 マカオの統計長官に女性の蔡美莉氏(39)がこのほど就任した。マカオ政庁の 長官に中国人が就任したのは初めて。
★[11/24] 共同通信によると、日本のコンビニエンスストア各社がアジアで勢い を伸ばしている。西友系のファミリーマートの出店数が、近く台湾と韓国でいず れも500店舗に達する。スーパーが大陸進出を優先する傾向が強いのに対し、 コンビニは台湾、韓国での展開が先行している。
★[11/24] 24日付の経済日報は、山一証券の自主廃業問題について東京発で報 道し「日本経済にとって重大な衝撃で、一部中小銀行は苦境に陥っており、他の 証券会社の連鎖倒産の可能性が大きい」と伝えた。
★[11/23] 共同通信によると、上海、横浜、名古屋などアジア各国の都市や非政 府組織(NGO)の代表が都市づくりや国際協力について話し合う「第4回アジ ア太平洋都市間協力ネットワーク会議(シティネット97横浜)」が23日、横 浜市西区のパシフィコ横浜で3日間の日程で開幕した。日本での開催は初めて。
★[11/23] 中国新聞社電によると、新疆ウイグル自治区ウルムチでこのほど、ホ テル調理師・レイ恩海さん(49)が「竜須めん」(ごく細い干しめん)打ちで、 1キロのうどん粉を6万5536本、延べ9万9600メートルの長さにしてギ ネスブックの記録を破った。
★[11/22] 毎日新聞によると、世界各国の医師が核廃絶に向けて意見を交わす核 戦争防止国際医師会議(IPPNW)の第1回北アジア地域会議(代表、横路謙 次郎・広島大名誉教授)が22日、長崎市の原爆資料館で2日間の日程で始まっ た。IPPNWは約70カ国数十万人の医師でつくる非政府組織(NGO)。
★[11/21] 共同通信によると、北京市中心部の取り壊し中の三階建てのビルが2 0日夕、突然倒壊し、作業員ら3人が死亡した。原因は調査中。北京市当局者な どが21日明らかにした。
★[11/21] 時事通信によると、中国とベトナムが領有権を主張している南中国海 の西沙諸島を巡る観光旅行を北京の「旅行家雑誌社」が初めて企画し、12月下 旬に行うツアーの参加者募集を始めた。
★[11/21] 共同通信によると、ダイエーは12月3日に大連市に食品スーパーを オープンする。中国では六店舗を展開する天津市に続き、二都市目。
★[11/20] 成都市に21日、「成都イトーヨーカドー店」がオープンする。イト ーヨーカ堂と伊藤忠商事、中国糖業酒類集団公司などと設立した合弁会社「成都 伊藤洋華堂有限公司」の1号店で、イトーヨーカ堂の中国初の店舗となる。
★[11/20] 毎日新聞によると、サッポロビールは20日、上海に上海事務所を設 立した。同社の中国での拠点は、北京に次いで2カ所目。来年6月オープン予定 の上海パブブルワリーの経営などを行う。
★[11/20] 新華社通信によると、中国共産党と政府は19日まで3日間、北京で 全国金融工作会議を開催し、市場経済政策の進展に見合った金融制度改革を今後 3年をめどに達成する方針を打ち出した。
★[11/20] 星島日報によると、中国人民銀行は、金融危機に直面した場合の米国 の対応を学ぶため、米連邦準備銀行の専門家6人を深セン市に招いてシンポジウ ムを開いている。人民銀はこのシンポジウムに約70人の幹部を派遣した。
★[11/20] 毎日新聞によると、北京の消息筋は19日、銭其シン副首相兼外相と ロシアのプリマコフ外相が、イラク問題を討議するジュネーブでの4カ国外相会 談に先立ち、電話協議を行ったと述べた。
★[11/20] 新華社電によると、宋健・国務委員兼国家科学技術委員会主任は19 日に北京で開幕した中国環境フォーラムで講演し、中国の人口が2030年に1 5億―16億人でピークに達し、その後人口増加は止まると述べた。
★[11/19] 経済日報が中国国家統計局の経済報告として伝えたところによると、 今年1−10月の貿易収支は前年同期比の2倍に当たる356億ドルの黒字を記 録、同期の貿易総額も同14%増の2580億ドルとなった。
★[11/19] 台湾テレビによると、台北市内の南アフリカ大使館武官宅で起きた劇 画原作者・故梶原一騎氏と台湾スターの間に生まれた白暁燕さん誘拐殺人事件の 陳進興容疑者による傷害監禁事件で、19日午後、陳容疑者が人質に取っていた 生後7カ月の赤ちゃんと12歳の娘の2人を解放した。
★[11/18] 朝日新聞によると、台湾民主自治同盟(台盟)は17日、新主席に張 克輝・副主席(69)を選んだ。蔡子民主席(77)は名誉主席に就任した。張 氏は彰化県出身で、福建省で長年統一戦線工作に従事し、国務院台湾弁公室副主 任を務めたこともある。
★[11/18] 毎日新聞によると、「豆満江経済開発諮問委員会」の年次総会が17、 18の両日、北京で開かれた。韓国、モンゴルを加えた5カ国は国連開発計画(U NDP)とともに、1999年までの第2期事業計画の合意文書に調印、UNDP は340万ドル相当の技術援助などを決めた。
★[11/18] 共同通信によると、当局が企業からさまざまな名目で費用を強引に徴 収する“たかり”が問題化しているが、18日付の北京日報によると、北京市の 国営6企業を調べただけで、費用徴収の名目が「禁煙看板代」「祝日に飾る花代」 などから「こじき追い払い代」に至るまで、計206種にも上ったという。
★[11/17] 新華社電などによると、ポーランドのクワシニエフスキ大統領が16 日訪中、17日午前、江沢民国家主席と会談した。ポーランド国家元首の訪中は 38年ぶり。
共同通信によると、国家環境保護局の資料や同局高官の話から、政府が二酸化 炭素(CO2)の最大の排出源である石炭火力発電所の燃焼効率の向上や、水力 ・原子力発電の増設によるエネルギーの供給構造転換などを柱にした2000年 末までの温暖化防止に関する行動計画を策定したことが21日明らかになった。 同局高官は、12月の温暖化防止国際会議(京都会議)でのCO2削減の数値目 標の提示は否定したが、削減には「積極的に取り組む」と明言した。
行動計画は東北部と西北部、華北地方で既に温暖化の傾向が出ていることを認 めた上で対策を列挙。第1次エネルギー消費に占める割合が76・4%と世界平 均の27・2%(1994年統計)を大幅に上回っている石炭火力発電所につい て、行動計画は(1)新規建設分の大規模化による燃焼効率の向上(2)脱硫装 置の設置と同装置生産の産業化(3)(燃焼効率向上のための)燃料加工業の育 成(4)CO2排出の少ない石炭のガス化や液化に向けた研究――などを挙げ、 さらに原発などを積極的に増やし、エネルギー構造の転換を図ると規定している。
CO2の排出削減のほか、CO2の吸収に貢献する森林の保護策について、今 世紀中に全国で100カ所、計2000ヘクタールの自然保護区を設立し、うち 約10カ所、計200ヘクタール余りを国の保護区に指定。さらに砂防や大規模 な植樹も行うとしている。
カナダのバンクーバーで、24、25の両日、アジア太平洋経済協力会議(A PEC)の公式首脳会議が開催される。江沢民国家主席は両日とも会議に出席す る。その後、26日から29日まで同国を公式訪問、30日から12月3日まで メキシコを公式訪問する。
これにともない、銭其シン副首相兼外相は22日夕(日本時間23日午前)、 バンクーバー市内で小渕恵三日本外相と会談し、中日米ロ4か国の対話強化を目 指すことが北東アジアの安定にとって重要との認識で一致した。また銭外相の早 期訪中招請に対し、小渕外相はこれを受諾、中日平和友好条約締結20周年に当 たる来年中に中国を公式訪問する考えを表明した。また、銭外相は皇太子夫妻の 訪中も改めて招請し、小渕外相は「現在、政府部内で検討している」と述べた。
また、銭外相は23日、米国のオルブライト国務長官と会談、朝鮮半島和平の ための「四者会談」本会議開催(12月9日)が決まったことを評価、当事国で ある中米が積極的な役割を果たすことを確認した。なお、新華社電によると、ニ ューヨークで21日開かれた朝鮮半島和平のための四者協議予備会談で中国側首 席代表を務めた陳健外務次官補は会談終了後、同国は朝鮮半島の平和体制早期確 立のために「建設的な役割を果たす」と強調している。
江主席は24日(日本時間25日午前)、バンクーバーで韓国の金泳三大統領 と会談、アジア諸国に広がった通貨、金融不安に触れ「複雑な要素があり、AP EC加盟諸国は話し合いを深め、特に隣国同士は相互理解を深めなければならな い」と語った。
朝日新聞によると、中国返還後、初めてAPECに出席した香港特別行政区の 董建華行政長官は22日記者会見し、「香港もアジア通貨変動の影響を免れなか った。原因は短期資金が長期の事業に流れ込んでいることだ」と、香港経済を巡 る危機的な状況を認めた。さらに「香港の危機は二年は続く。成長率も落ちるだ ろう」とも語った。
共同通信によると、江主席が23日にバンクーバーに到着して以来、中国の民 主化やチベット独立を要求する人々が会場周辺にしばしば集合、江主席への抗議 デモを続けている。外務省の沈国放報道局長は24日の会見でデモを無視する意 向を強調した。
共同通信によると、APEC筋は20日、2001年のAPEC会議が北京で 開かれる見通しだと明らかにした。銭外相は今年7月にクアラルンプール郊外で 開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)拡大外相会議で、2001年のAP ECを北京で開催したいとの意向を表明していた。
読売新聞によると、アジア太平洋経済協力会議(APEC)出席中の江沢民国 家主席は、クリントン大統領と24日、バンクーバー市内で会談した。
この中で、クリントン大統領は、魏京生氏の仮釈放について歓迎の意を表明す るとともに、「今後ともこのプロセスを継続するよう」要求、人権問題のさらな る改善を促した。これに対し、江主席は「中国の法手続きに従って取り扱われる。 対立でなく対話を通じて相違点の解決を図るべきだ」と応えた。
また、クリントン大統領は、来年早期訪中の意向を表明した。
イラクの大量破壊兵器を巡って中断されていた国連大量破壊兵器廃棄特別委員 会(UNSCOM)の査察業務再開について、双方は国連決議に基づく早期解決 を図ることが重要との認識で一致。クリントン大統領は「イラクに対して譲歩は できない。米中両国は国連安保理常任理事国としての役割を共有しており、共同 作業を進めたい」と協力を要請した。
大統領は、中国の世界貿易機関(WTO)加盟問題で前進が図られるよう、精 力的に閣僚レベルでの交渉を進めていくことを提案した。先の江主席訪米時に合 意した中米原子力平和利用協定の履行についても、反対論が根強い米議会に対し 早期承認を求める方針を示した。
来月初めに開かれる地球温暖化防止京都会議への取り組みについて、大統領は 中国側に温室効果ガスの削減努力を求めたのに対し、江主席は「先進国と開発途 上国では条件が違う。先進国が開発途上国に対し、資金、技術援助を行うべきだ」 との考えを示した。
なお、この首脳会談に先立ち、銭外相とオルブライト国務長官による中米外相 会談が22日、バンクーバー市内で行われた。この中で、オルブライト国務長官 は中国の人権問題に触れ、魏京生氏に続き、王丹氏ら国内で服役中の他の活動家 の解放を要求し、また、来年のクリントン米大統領訪中に向け、中国の世界貿易 機関(WTO)加盟問題で前進が図られるよう、米企業の市場参入機会の拡大や 、核技術の拡散防止を求めた。
また、時事通信によると、政府スポークスマンは23日、バンクーバーでの記 者会見で、同日の米加首脳会談で中国の人権問題への懸念が指摘されたことにつ いて聞かれた際、「米加首脳はわれわれが1949年の建国以来、人権問題で大 きな功績を上げてきたことを認識すべきだ」と強調。その上で「米加にも深刻な 人権問題が存在するが、われわれはそれを批判しない。(それらの国も)状況の 改善に努力しているからだ」と反論した。
毎日新聞、朝日新聞などによると、外務省の沈国放報道局長は22日、国際人 権規約に従い、国連に対して香港の人権状況を報告していくと、新華社を通じて 発表した。
香港特別行政区は国際人権規約のA、B両方の規約に加盟しており、人権関連 法の整備状況などの報告を義務づけられているが、報道官は「香港特別行政区基 本法などにより、返還後も同規約は有効である」としている。
共同通信などによると、病気治療名目で仮釈放された後、16日に米国入りし た魏京生氏は、デトロイトの病院で検査と治療を受けて20日(日本時間21日 午前)退院し、ニューヨーク入りした。デトロイトから妹の魏[女冊][女冊]さん や支援の在米中国人らも同行した。21日には初の記者会見が行われた。
時事通信によると、23日付の米紙ワシントン・ポストとのインタビューで、 クリントン米大統領との会談を熱望していると語り、大統領と直接会って中国に 対して政治的な圧力を掛ける必要性を訴えたいと述べた。
ロイターによると、米カリフォルニア大学バークリー校当局者は24日、魏京 生氏に対し、同校人権センターが研究員として迎えたいと提案していることを明 らかにした。期間は半年で、講義を担当してもらい、謝礼と生活費を大学側が提 供する。ニューヨークのコロンビア大学など、幾つかの大学が同様の提案を持ち 掛けているという。
米誌「ニューズウィーク」は18日、魏京生氏との仮釈放後初の単独会見記事 をインターネット上で公表した。魏氏は、「米国行きは刑務所暮らしよりも良い が、中国にとどまるのが最良だ。私は帰国を希望する」と述べ、米国での治療で 健康を取り戻した後、再び中国での活動を目指す意思を明らかにした。同氏は「 治療を受けたいのであれば、米国行き以外の選択肢はない。君を(中国)社会へ 戻すわけにはいかない。中国国内や北京での治療を望むのであれば、それは絶対 に実現不可能だ」と当局から告げられ、自分の健康を取り戻すため、致し方なく 渡米に同意したという。
一方、トウ小平氏の死去に関して、魏氏は「大変に不幸な出来事だった」とす る一方、「私にとって、彼(トウ氏)の政治独裁を支持することは不可能だった。 反対は個人的なものではなく、中国の将来と発展の問題をめぐる論争だった」と も述べ、かつての最高指導者に対する複雑な思いを吐露している。
共同通信によると、外務省の沈国放報道局長は20日の会見で、魏京生氏の帰 国が認められるかどうかについて「健康を回復した後、当人が帰国を希望するか どうか、法律的に帰国すべきかどうかは、司法部門が処理する」と述べ、司法部 門が判断する問題であることを強調した。
また沈局長は「病気治療のための保釈は以前からあり、今後もあるだろうが、 司法部門の判断による」と述べ、王丹氏の仮釈放に含みを持たせた。
なお、20日の香港「東方日報」紙は、中国当局が来年初めのクリントン米大 統領訪中の環境作りのために、知名度の高い反体制活動家5人を次々に「病気治 療」名目で国外に出して、事実上釈放することを決めたと報じた。
同紙は、魏京生氏に続いて出国許可の出される対象者が、元学生運動指導者、 王丹氏(懲役11年)▽文芸評論家、劉暁波氏(労働改造3年)▽自由労組活動 家、劉念春氏(同)▽深セン市の民主活動家、李文明氏(懲役3年6カ月)▽同、 郭宝勝氏(同)の5人だとしている。このうち李文明氏はすでに今月保釈された。
国際的知名度の一番高い王丹氏は、クリントン大統領の訪米直前ぎりぎりまで 待ってから釈放し、米中間の緊張関係緩和を印象付けるという。
さらに18日付の「東方日報」は、王丹氏が、獄中で悪化した病状に対する適 正な治療などを求めてハンストを計画している、と報じた。王丹氏の父親の王憲 曽氏の話として伝えた。王丹氏は魏京生氏と同様に国外での治療も受け入れる方 針だという。
朝日新聞によると、中国の民主化を訴える香港の民主派グループ「四五行動」 のメンバーら十数人が20日午後、新華社香港支社の前で、王丹氏の釈放を中国 政府に求め、24時間の座り込みに入った。
11月21日、魏京生氏がニューヨークでアメリカ到着後の初めての記者会見 を行った。以下はその要旨。
魏:世界各国と政府が中国の政治犯の釈放のために払った努力に感謝する。私の 見解を表現するこの機会を与えてくれたメディアの友人に感謝する。
私はこの機会を数十年待った。中国人民は数千年待った。いまなお数千名の政治 犯が中国の刑務所にいる。彼らは人類の最も崇高な権利のために戦い、苦しんで いる。同じ人間として、私たちの良心は彼らを一刻も忘れることを許さない。
民主主義と自由は人類の最も偉大なゴールの一つで、最も神聖なる権利だ。無数 の祖先の戦いと犠牲によって、これはヨーロッパ、アメリカと世界の他の多くの ところで現実となった。しかし、人々は、特にこの自由と民主主義の権利を享受 している人々は、これで満足してはいけない。あなたが現在享受している幸福は、 現在もなお多くの人々が独裁、奴隷と貧困に喘いでいることの忘却を正当化でき ない。独裁者の統治への貪欲は止まるところを知らない。あなたが現在享受して いる自由と繁栄は脆いものである。隣の家への強盗を許すなら、あなたの家も安 全ではない。人々が団結して強盗と戦ってはじめてすべての家が安全となる。
ここで、私はメディアの友人と言論の自由を分かち合いたい。この言論の自由を より多くの人々が、ひいては全人類が享受できるためには、我々に何ができるか を議論したい。ご質問ください。(拍手)
問:あなたは何故台湾を訪問したいか。あなたは過去18年間、殆ど刑務所で過 ごし、台湾についてどれほど理解しているか。
答:現在台湾を訪問する計画はない。が、台湾も中国の一部なので、とても訪問 したい。
問:米国にいる間、民主主義のためにどのように働くつもりか。中国に戻る計画 はあるか。
答:中国に戻るつもりだ。事実上、最初から私は中国から離れたくない。治療を 受けるなら、アメリカに行き、中国から離れることを中国政府から要求された。 仕方なかった。
問:あなたの釈放が政治の取引で、人権への皮肉と思うか。それとも、人権運動 の変化の結果と思うか。
答:私は釈放の背後に何があったか依然良く分からない。私は出てきたばかりで、 まだ多くの情報を知らない。しかし、これは人権と民主主義のための戦いの勝利 である。たとえ小さくても。
問:あなたは中国の主席になりたいか。(笑)あなたには将来はそういうチャン スがあるか。
答:基本的に、このような話題には興味がない。(笑)
問:1979年の逮捕以来、あなたは中国を愛しているとずっと言ってきた。今 の中国についてどう思うか。
答:私はずっと祖国を愛してきた。これは中国にいても、外国にいても同じだ。
問(日本人記者):私たちは94年に会った。その時、日本人が漢字が分かるか ら、日本を訪問したいと言われた。日本を訪問することについてどう思うか。あ なたへの日本からの支持についてどう思うか。
答:過去には、日本についてもアメリカについても良く理解していなかった。ア メリカ文化と中国文化の差異がかなり大きいと思った。しかし来てみたら、想像 するほどでもなかった。日本文化との差異がどれくらいのものか、あまり確信は ない。
問:中国から追い出されて、中国に残る家族が迫害を受けることを心配しないか。
答:彼らの安全はとても心配だ。彼らは深く傷づいた。しかし、私は自分の家族 だけを心配するのではない。中国にはなお数千人の人々が迫害を受けている。私 は彼らの安全を等しく心配している。(拍手)
問:あなたは中国政府のチベット政策を批判してきた。あなたはとう小平へ手紙 を書き、それを批判した。チベット問題のベストな解決策は何だと思うか。
答:あなたはチベット人に見えるね。(笑)チベットは中国にとって複雑な問題 だ。私はチベット文化を抑圧する共産党の政策に反対だ。どのように問題を解決 するかは、漢民族とチベット族が一緒に座り、話をしたほうが良い。これは片方 だけではできない。
問:あなたは約18年間刑務所にいた。これについてどう思い、この経験から何 を学んだか。
答:たくさんのことを学んだ。最も強く感じるのは、人間には克服できないもの はないことだ。自分自身を克服できれば、どんな困難でも障害でも、乗り越えら れる。(拍手)
問:刑務所で受けた残酷な扱いについては?
答:長い刑務所生活は一言、二言で表現できるものではない。これを近々書き残 すつもりだ。出版されたら、よく分かってくれるだろう。
問:中国司法相肖揚は数日前にニューヨークで、もし魏が健康が回復し、中国に 戻るなら、刑期の残りを刑務所で服役しなければならない、と言った。このよう な条件でも、あなたは中国に戻るつもりか。
答:もし戻ることを許されるなら、どんな条件でも戻るつもりだ。勿論、刑務所 で暮らしたい人はいない。
問:もう一人の著名な民主化運動家王希哲は最近文章を発表し、あなたを「中国 の民主化の父」と呼ぶことへ不愉快を表明した。これについてどう思うか。
答:王希哲氏のこの文章を知らない。人々が私をこのように呼ぶのは、彼らは私 が好きだからだ。しかし、私はこう呼ばれて、とても恥ずかしい。私は中国のた めに大したことができていない。十分にもしていない。(拍手)
問:あなたは中国を愛していると言った。共産党の統治下の中国も愛しているか。 あなたは共産党員として、共産党の改革に希望をもつか。あるいは、近い将来に 共産党の一党独裁を終わらすために努力するつもりか。チャンスがあれば、江沢 民主席にそう言うつもりか。
答:まず間違いを訂正したい。私は共産党員ではない。共産党員になったことは ない。次に、概念を一つはっきりさせたい。中国を愛することは党を愛すること とは同じではない。(拍手)共産党は全中国人に党を愛することを要求し、愛国 主義という。しかし、これは愛国主義とは別だと私は理解する。江沢民について は、私はずっと彼と話をしたいが、かれらはアメリカのように彼らに圧力をかけ るような、影響力を持たない者には会わない。私はこのような影響力を現在は持 っていない。(拍手)
問:クリントン大統領と会えば、彼に何をいうつもりか。
答:私はまず、アメリカ人民が中国人民の人権と民主主義への関心に感謝する。 勿論、その他もある。会うまで待ってほしい。(笑)
問:中国のどこから変化の起動力が来るか。伝統的に、中国人は政治に受動的で、 青年から滅多に運動が起こされなかった。
答:まず訂正したいと思う。中国の歴史上、殆どの場合、運動の起動力は中国人 民の圧迫への反抗から始まった。今現在も、中国人民こそ、80年代、90年代 の改革を含め、中国の変化の起動力である。
問:長く外国に留まらざるを得なくても、民主化のために戦い続けるか。将来は どうなるか。
答:私は主に、民主化を推進するさまざまな活動に参加したい。これは人々が私 に期待すること、私がすべきことを含む。私がこれらの活動を指導すべきかどう かは、まだ考えていない。
中国の民主化運動の将来は間違いなく明るい。現在の低調だけに気をとらわれな いでほしい。どの運動も低調の時があれば、高調の時がある。低調にあれば、そ れは次に高調が来ることを意味する。
申し訳ないが、私は気分が良くなく、疲れた。お許し下さい。次回にまた話をし よう。(長い拍手)
(CND-Global, Nov 24, 1997より徐剛翻訳)
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朝日新聞によると、米下院のギングリッチ議長(共和党)ら米議員団が来年7 月と8月の2度にわたってチベット自治区を訪問する。21日、団長役のコック ス議員(共和党、カリフォルニア州選出)が発表した。コックス議員は、下院が 今年可決した対中制裁法案11案の作成者で対中強硬論者の一人。
毎日新聞によると、昨年、同議員らのチベット訪問計画を政府が拒否した経緯 がある。しかし、先月、訪米した江沢民国家主席がチベット政策への米国の批判 に応えるため議員団を受け入れることを表明し、今回の訪問計画となった。コッ クス議員は声明を発表し、「議員団の訪問は、米議会がチベット問題にいかに深 刻な懸念を持っているかを中国政府に知らせることになる」と述べ、訪問の意義 を強調した。
18日発売の週刊誌「瞭望」は、1994年度の国防費、550億7000万 元(約8260億円)の内訳について、兵器購入、装備研究、維持修理、運輸費 などの「装備費」が31・7%(175億元)で、このうち「兵器購入費」は全 体の20%前後にすぎないと伝えた。国防大学科学研究学部副部長の庫桂生教授 が明らかにした。
それによると、94年度国防費のほかの内訳は、給与、食事、軍服などの「生 活費」が34・1%、残りの34・2%が部隊の訓練、水道・暖房などに使う 「活動維持費」だった。
同誌は、米英両国の国防費が国内総生産(GDP)に占める割合は3%以上な のに、中国は1・05%しかないと指摘。さらに諸外国の国防費中「生活費」が 占める割合は30%を超えない一方で、「兵器購入費」は25%以上に達してい ると強調した。人民解放軍の50万人削減計画の目的について同誌は、「生活費、 活動維持費の削減により、先進的兵器の購入費を増やせる」と指摘した。
朝日新聞などによると、ヤオハングループで香港に百貨店を展開している八佰 伴香港百貨(YHK)が20日、香港の裁判所に企業精算を申請して事実上、倒 産した。
同社は9月にグループの中核企業であるヤオハンジャパンが倒産した後、納入 業者への支払い代金の未払いが相次ぐなど業績不振に陥り、香港で展開している 9店舗のひとつである元朗店が20日午前、家賃の未払いで休業に追い込まれる といった苦しい経営を強いられていた。他の複数の店舗でも同日午後、営業時間 中にシャッターが下ろされ、品物を引き揚げようとする納入業者が中に入れずに 店員と口論する騒ぎも一部であった。
25日の香港紙、明報は消息筋の話として、YHKの負債総額は5億香港ドル (約82億円)から7億香港ドル(約115億円)の間と報じた。
共同通信によると、ヤオハン傘下の香港のレストラン経営会社ヤオハン・イン ターナショナル・ケイタラーズは24日夜、会社名からヤオハンを外し「香港ケ イタリング・マネージメント社」に変更すると発表した。今月19日の臨時株主 総会で決めたもので、新名称での企業登録は12月3日に受理される見込みとい う。発表は社名変更について、香港のヤオハン百貨店の親会社であるヤオハン・ インターナショナル・ホールディングズの株式保有は7・3%にすぎず、他の株 式は香港の実業家が保有している現状を反映した措置と説明している。
また、ヤオハン傘下の大手ケーキ屋チェーン、聖安娜餅屋は24日、休業のう わさが広がり、各店で商品サービス券をケーキと交換しようとする人々の長い行 列ができた。
新華社電などによると、新聞出版署(国家版権局)は19日、米国との知的所 有権をめぐる対立でレーザーディスクやコンパクトディスク(CD)の海賊版を 製造していた49工場を閉鎖したが、これまでに15工場の生産を再開したと発 表した。
国内ではビデオディスクプレーヤーの所有者が急増、これまでに1000万台 が家庭に普及しており、今年の売り上げが1000万台と予想されている。しか し、これらソフト生産が追い付かず、CDも生産不足なのが現状。国が閉鎖して 没収した工場は、1工場100万ドル(約1億2000万円)以上で、企業に売 却されており、工場再開は「生産不足の解消と、工場売却益が国家に入り一石二 鳥」(同日付光明日報)と当局はコメントしている。
17日付の経済日報が「赤い帽子をとり、本来の看板に」との見出しで報じた ところによると、山東省菜陽市では87企業が私営企業に営業登録をし直すなど 、集団所有制企業の看板を掲げていた私営企業、個人経営企業の看板かけ直しが 進んでいる。
これまでは実際には個人の投資で設立した企業でも、「資本主義的」と批判さ れたり、当局から管理費などの名目で多額の金を徴収されることなどを警戒し、 「集団所有制企業」として登録していた。ところが、9月の第15回党大会で、 従来の公有制企業に加え、多様な所有制企業の発展の新方針が打ち出された以後 は、当局の監督を受けるのを嫌う企業が増えた。
私営企業は従業員8人以上の個人経営を指す。年間売上高8億3千万元(約1 25億円)、従業員1250人にも上る四川省成都市の希望集団のような大企業 も出現している。
時事通信によると、中国への援助プロジェクトをめぐり、日本の会計検査院は 19日までに、日本政府系金融機関「海外経済協力基金」(OECF)がずさん な審査をして、事業資金として融資した10億円余りを焦げ付かせたとして、同 基金に対し「不当事項」の指摘をする方針を固めた。不当事項は検査院が違法な どと判断した時に適用する最も重い指摘で、途上国援助(ODA)をめぐっては 初の適用となる。
焦げ付いたのは、1994年3月、ウナギの輸入販売会社「日盛産業」が恵州 市などと設立した合弁企業への融資。日本にウナギの成魚などを輸出するため、 広東省に養殖場を建設する資金などを充てられる予定だった。しかし、日盛産業 は約1年半後、国内事業の失敗で事実上倒産。現地の合弁企業も返済不能に陥っ たという。
OECFは内規で、担保や銀行の債務保証を取り付けることを条件に融資する ことになっているが、問題の融資では中国人民銀行の保証を取れる見込みで決済。 その後保証が取れないことが判明するなど、ずさんな審査経過が明らかになって いた。この問題は国会でも取り上げられ、OECFは今年6月、融資当時の担当 部長を停職にするなどの処分をしていた。
香港紙、明報が21日、南京の消息筋の話として伝えたところによると、当局 は1937年12月の旧日本軍による「南京大虐殺」の際に暴行を受けた被害者 について、中国の法律に則し「戦争被害者」として正式に認定する方針を決めた。
南京大虐殺の被害者の一部は、日本政府に対し総額1億円の損害賠償を求める 裁判を東京地裁に起こしており、同紙は中国政府による認定は裁判にも有利に働 くだろう、と指摘した。政府はこれまで、対日賠償問題で「支持も反対もしない」 態度を取っていた。
消息筋によると、認定作業は(1)被害者の証言と当時の現場状況を照らし合 わせる(2)被害者の体に残った傷跡や写真などの物証を検証する――などの方 法で進めるという。
裁判の原告の一人、李秀英さんは同紙に対し「賠償を求めていく上で中国政府 の公式な認定は非常に重要」と述べ、約1400人の被害者とともに南京市政府 に認定申請を行う方針を明らかにした。李さんは、旧日本軍兵士に銃剣で全身3 7カ所を刺され、流産したという。
南京市当局はこの夏以降、多くの被害者や目撃者から証言を集めるなど、認定 に向けた準備を続けているという。
時事通信によると、国家計画委員会マクロ経済研究院のエコノミスト、楊宜勇 氏は1998年版「経済青書」(近刊)で、登録失業者以外に就業の機会が不十 分な実質的失業者を加えた「全社会総合失業率」が昨年の段階で21・4%に達 したことを明らかにした。昨年の登録失業率は3%だったが、実際の失業者数は その7倍に相当することになる。
楊氏は「権威ある関係各部門の判断」として、潜在的失業者もしくは就業機会 が不十分な労働者は2600万―3800万人で、このうち国有企業従業員が2 千万―3千万人を占めると指摘。また、失業統計の対象とならない農村部も現在、 1億5千万―2億2千万人もの余剰労働力を抱えているという。
このため同氏は、中国は新たな失業増加周期に入っており、「いつピークを迎 えるのかも判断し難い」と警告した上で、計画委や労働、農業の各省などから成 り、副首相を最高責任者とする「失業対策工作指導小組」を国務院に設置すべき だと提案している。
21日付の中国青年報が北京、上海など五都市の成人1524人に「いかんと もし難いこと」11項目についてアンケートしたところ、「最近は同志と呼ばず に先生、小姐と呼ぶ人が増加」について「良いことだ」と答えた人が24%とな り、「悪い」の12%を大きく上回った。
「同志」はいまだに公式の会議などでは使われているが、改革開放時代に入っ て次第に使う市民は減るばかり。人民日報などには「同志の使用を」と呼び掛け る記事が載ることがあるが市民は、すたれ傾向に賛成していることが明確だ。
「妻の方が夫より稼ぎがよくなっている」ことに対しても「良い」(30%) が「悪い」(9%)を上回り、同紙は「女性の地位向上」を示しているとしてい る。「悪い」が最も多かったのは「子供の喫煙」で90%、「町中の子供のこじ き」が87%、「河川の汚染」が85%などとなっている。
21日付の中国経済時報によると、文化大革命当時に故毛沢東主席の「知識青 年は農村に行け」との呼び掛けに答え、革命聖地とされる延安に行ったまま北京 に戻れない元青年ら十数人が生活に困り、事業を起こすため北京で募金活動を行 おうとしたが、地元当局から延安に戻された。
延安には北京から2万人余りが出掛けたが、その後次第に北京に戻ることが認 められ、現在も残っているのは200人余り。農村の環境に合わないことなどか ら約100人が貧困にあえいでいる。
募金活動の中心となった謝党恩氏(45)は、93年に偽帳簿を付けることに 反対して工場を解雇され、仲間とともに豆製品工場をつくる資金集めのため上京 した。今月上旬に北京に到着した謝氏は「直訴やデモをしに来たのではない。延 安から北京に戻った人々には要職に就いたり、企業を経営して金持ちになったケ ースもあり、広く募金をしたかっただけだ」としているが、延安当局は宿泊の旅 館などを通じて戻るよう命じ、19日に延安に向かった。
文匯報によると、上海市内で今年7月以降、男女の集団による外国人男性の旅 行者を狙った強盗事件が多発していたが、このほど9人が警察に現行犯逮捕され た。手口は、一味の女がホテル前などでデートに誘い、色気に惑わされた男性が 応じると、車で市内某所の喫茶店に直行。待ち受けていた仲間の男数人が、金品 を身ぐるみはがす手荒なものだったという。
この喫茶店を突き止めた警察が店内に踏み込むと、身なりのいい日本人男性3 人が男らに囲まれ、日本円と中国元合わせて4万6000円相当を奪われている 最中だった。
19日の新華社電によると、シルクロードの要衝として栄えた甘粛省敦煌を研 究している北京の学者たちはこのほど、多くが外国に持ち出されている敦煌文化 財の流出過程を調査、外国から取り戻す運動に協力することにした。
莫高窟と呼ばれる敦煌の千仏洞から1900年、古文書・美術品が5万点以上 も発見され注目を集めたが、英米、フランス、日本などの「冒険家」が敦煌の石 窟を訪れほとんどを持ち出し、西側の博物館や個人の所有物となっている。
流出調査には瀋陽の企業が資金を提供しており、関係者は「流出した文化財は 石窟に戻し、壁画とともに鑑賞してこそ意義がある」と、政府も返還運動に協力 するよう求めている。
返還を求める動き最初に応じたのは、東京で古文書を購入した日本の文化勲章 受章者で書家の故青山杉雨(さんう)氏の家族。10月9日に甘粛省の省都蘭州 で返還式が行われ「外国人が初めて敦煌の文化財を中国に返還」と中国各紙が大 きく伝えた。
中日国交回復25周年を迎えて、中日関係の今日の発展を考える時、周恩来総 理とともに多くの日本側の「井戸を掘った人」を思い出すが、代表的な日本人を 一人挙げるとすれば、私は松村謙三氏の名を挙げたい。
1959年から64年まで、松村氏は三回中国を訪問して周総理と会談を重ね ているが、三回とも私が通訳を務めた。
松村氏が最初に中国を訪問したのは、59年の10月であった。そのころ、中 日両国の間には不正常な関係が続いていたが、しかし、一方では民間の交流は急 ピッチに進み、経済は言うに及ばず、文化交流もすでに始まっていた。ところが、 この友好ムードを決定的にご破算にしたのが、58年4月に起こった「長崎国旗 事件」[注]であった。この事件によって中日関係は抜き差しならぬ状態に陥り、 両国間のパイプは殆ど全部詰まってしまうという大変難しい時期に入った。
このような情勢を背景に、59年ごろから、日本の政治家の間に、中日関係を 憂慮し、表面に出て関係を改善しなければならないという動きが出てきたが、元 首相石橋湛山氏の59年9月訪中に続き、日中間の関係回復のきっかけを何とか 掴もうと、松村謙三氏の第一次訪中が実現したのである。
松村氏の第一次訪中について特筆すべきことは、かの有名な「車中会談」であ る。10月25日の麻、周総理は松村氏の一行を案内して、特別列車で北京の西 北200キロの地点に建設中の密雲ダムを見学した際、その特別列車の中で「周 ・松村会談」が行われた。北京、密雲を往復するあいだ、それぞれ約四時間、二 人は膝を交えて、中日間に存在する諸問題について率直に意見を交換したが、そ の中で、周総理は岸内閣の中国敵視政策と安保改訂の動きに反対する立場を表明 すると同時に、平和共存五原則の基礎の上に立って、中日両国の関係改善を図る べきであると強調したのに対し、松村氏は日中両国には2000年にわたる友好 の伝統があり、現在のような不幸な状態は好ましくなく、一日も早く正常な関係 を結ぶべきであるとのべ、日本は今後中国とともに世界平和のために努力する旨 強調した。しかし、岸内閣については、極力擁護する立場をとったことはいうま でもない。また、日本側の主張する「政権分離」に、周総理は反対を表明し、政 治と経済は不可分であり、中日関係が改善されてはじめて経済貿易関係や文化交 流も発展するのであって、今度中国が松村氏をお招きしたこと自体、政治である と縷々述べたが、双方の主張は平行線のままであった。
この「車中会談」には、日本側から陪席したものはなく、中国側からは通訳の 私のほかに、廖承志先生ただ一人立ち会っただけであった。
第一次訪中の後、日本側の意向でコミュニケの発表はなかったものの、それは 白楽天の詩「このとき、声無きは、声有るに勝れり」と言えよう。
松村氏の二回目の訪中は、62年の9月12日から25日で、この時すでに岸 内閣は総辞職し、かわって池田内閣が発足していた。池田首相は岸氏と違って中 国敵視政策をとることを避け、むしろ経済交流を通じて友好関係を結んでいこう とする、積極的な姿勢を見せていた。松村氏の随員に池田派の小川平二代議士や、 池田首相のブレーンの一人で、すでに訪中経験のある日本長期信用銀行専務の田 林政吉氏らが加わった。
松村氏一行が北京に到着した翌日(9月15日)の夕方、周総理と陳毅副総理 は一行のために宴会を催した。この二回目の訪中のハイライトは、なんといって も周総理との会談であった。会談は二回行われ、一回目は9月16日の午後四時 からよる七時まで続き、更に二回目は9月17日の午後四時から夜の八時までぶ っ続けで食事もとらずに行われた。二回目の会談は時間があまりにも長かったの で、途中、おやつ代わりに小さな饅頭が並べられたのを覚えている。二回にわた る会談にはいずれも陳毅副総理と廖承志氏が同席された。
会談の中で、周総理は従来から主張してきた政治三原則(1、中国敵視政策を とらない、2、「二つの中国」をつくらない、3、両国関係の正常化を妨げない) は不変であることを強調し、特に日本側の主張するいわゆる「政経分離」に反論 を加え、「政経不可分」を強く打ち出したが、経済問題については、およそ次の ようなことが決まった。
・日中貿易の拡大を図る。 ・このため、両国間に連絡機関を設ける。中国側は廖承志、日本側は適当な人 をその連絡責任者に当てる。 ・両国の貿易を円満に継続させるため、両国から保証人を出す。案として、中 国は廖承志氏、日本側は高碕達之助氏訪中の際に決める。
今回の松村訪中は第一回と違って、双方の合意で報道界に会談の内容をようや くして発表することになったが、表現をめぐって会談以外の場で激しく議論がな された。
ここでエピソードを一つ紹介する。周・松村会談の時、松村氏は「中国はおそ ろしく大きな国である」と発言されたのを、私は通訳の際できるだけ原文に忠実 であるようにという考慮から、「中国這個国家大得可怕」(「中国は大きくて恐 ろしい」)と訳してしまい、周総理はそれを受けて、「中国は今後どんなに強大 になっても、他の国に対する脅威になることはない」と真剣になって中国の基本 政策を長時間説明された記憶がある。まったく、冷や汗ものだった。日本語の 「恐ろしく大きい」というのは、「とても大きい」という意味で、別に「恐ろし い」という意味はないのだが、字面だけを追って誤訳したため、話はとんだ方向 へそれてしまい、大事な会談の場であっただけに、責任を強く感じた次第である。
また、会談の中で、松村氏は中国側が日本の立場にことごとく賛意を示したよ うな発言をしたため、周総理は「私は中国共産党員で、松村先生は自由民主党に 籍をおいてあり、見解が同じであるはずがない。不一致は当然であって、これを 前提に、中日両国は平和に共存し、友好関係を発展させるべきである。われわれ は、この点で意見の一致を見たにすぎない」と述べた。
松村氏の第二次訪中によって、とにかく民間ベースによる長期貿易取り決めの 基礎が確立した。その後まもなく高碕達之助氏が北京に飛び、同年11月9日 「日中総合貿易に関する覚書」を廖承志氏とのあいだで調印した。両氏の頭文字 をとって名付けられた「LT貿易」という新しい方式の中日貿易がスタートした。
これを背景に、64年4月、松村謙三氏は三度目の訪中をされた。「LT貿易」 を円滑に行うため、相互に連絡事務所を常設すること、また両国のマスコミ界が 熱望していた記者交換を実現させることなどが訪中の目的であるが、いずれも周 総理との会談で解決し、協定が取り交わされた。これによって、64年8月に孫 平化氏を首席代表とする廖承志事務所が東京の紀尾井町に創設され、9月29日 に7名からなる中国の新聞記者が東京に到着、同じ日に、日本の記者が北京に到 着した。私はこの時「光明日報」、後に新華社の特派員として、東京に駐在する ようになり、足かけ15年間お世話になった。
[注]:長崎国旗事件。1958年4月30日から5月20日まで長崎市浜屋デ パートで、日中友好協会長崎支部主催の「中国切手・錦織・剪紙展示即売会」が 開かれ、会場に中華人民共和国の国旗が掲げられていた。5月20日、関某と名 乗る日本人が会場に掲げられた中国国旗を引きずりおろしたため、直ちに主催側 に取り押さえられた。後ほど、長崎地検で器物棄毀罪として受理され、長崎簡易 裁判所で軽犯罪として500円罰金で処した。これに対し、中華人民共和国側は、 本件は、「外国の国章に対する罪」(刑法第92条)であり、日本側が五星紅旗 を単なる個人財産と見なすのは不当であると非難した。本事件と第四次貿易協定 問題とをきっかけとして中国側は同年5月、対日文化、経済関係の断交に踏み切 った。
(これは、『外交フォーラム(臨時増刊・中国)』に掲載された同名記事を要約 したもの。作者は中華日本学会会長)
時間:1997年12月7日(日曜) 午後:1:30から受付 場所:東京都文京区後楽1−5−3 日中友好会館2F小ホール 交通:JR総武線飯田橋駅 有楽町線・東西線・南北線の飯田橋駅歩5分 費用:500円
--------------------- プログラム --------------------- 2.00〜 招待講演 1 参加世界中西医結合大会後的体会(趙中振博士) 2 人遺伝子治療の現状と展望(朱亜峰博士) 3 東南亜金融風波和尖端金融商品(張光平博士) 4 見えない宇宙競争の真の狙い(張輝博士)
3:00〜 特別講演 テーマ調整中(中国駐日大使徐敦信先生)
3:45〜 信息交流 1 在日中国人企業家及企業家聯誼会(楊克倹博士) 2 日本伝統医薬現状編集工作及体会(戴昭宇博士) 3 聯盟上海訪問団的準備情況(仮題:趙輝博士・楊金宇氏) 4 中国科協第三届青年学術年会及協辨(朱亜峰博士) 5 参加遼寧省国有企業技術改造後的感想(曹東輝博士) 6 日中関係与在日華人新動態(仮題:蒋豊編集長)
4:45〜 ACSEJ会員大会 1 聯盟年度活動総結 2 聯盟章程修改方案 3 聯盟理事選挙投票
5:00 懇親交流会 同時請専家設以下諮詢台為大家服務 法律諮詢台 保健諮詢会台 計算機諮詢台
講演テーマ:中国岩茶で、ハッピーに
講 師:新潮新人賞受賞作家ーー左能典代さん
日 時:1997年12月20日(土)午後1:30から
会 場:東京都文京区民センター3F A会議室 東京都文京区本郷4ー15ー14 (会場の都合により、今回は文京区民センターで行います)
参 加 費:1500円(非会員) 1000円(会員) 留学生無料
★国際電話は無料でかけられます ★日本人とお友達になりましょう
お問合せ:「日中交流」編集部 電話:(03)3903ー7206胡まで
東京 岩波ホール 03ー3262ー5252 12月13日より 11:30、15:00、18:30
大阪 シネ・ヌーヴォ 06ー582ー1416 98年1月24日より
福岡 シネサロン・パヴェリエ 092ー852ー5635 98年131日より
名古屋 シルバー劇場 052ー451ー0815 98年3月予定 (徐 剛 提供)
南京大虐殺60ヶ年 関西・大阪実行委員会(06ー366ー8115)主催、 中華人民共和国駐大阪総領事館、全日本建設運輸連帯労働組合近畿地本、部落解 放同盟大阪府連合会、南京1937関西上映実行委員会後援の、「メモリアル 南京 1937 in おおさか」が12月13、14日、大阪で開かれます。主催 者は在日中国人の積極的参加を期待しています。
パート1 音楽と追悼の夕 日時:12月13日(土)PM1:00ー4:30 会場:クレオ大阪西ホール (JR西九条駅下車3分) 内容:証言 駱中洋(78才) 常志強(69才) 元日本兵士 伝統音楽 世界各地とのメッセージ交換 追悼の詩 キャンドルデモ
パート2 国際シンポジウム 「南京大虐殺とホロコースト」 日時:12月14日(日)PM1:00ー4:30 会場:ピースおおさか (JR・地下鉄「森ノ宮」役下車) 内容:基調講演 「南京大虐殺の全貌」 高興祖南京大学教授 特別講演 「祖父ラーベが記録した南京大虐殺」 ラインハルト夫人(ラーベ日記保管者) 講演 「民族の絶滅 ホロコーストと南京南京大虐殺」 細見和之(大阪府大教員) パネルディスカッション 「南京大虐殺とホロコースト」 金子・マーティン、段月萍(南京大虐殺記念館)、 徳永恂(大阪大学名誉教授)、松岡環(南京大虐殺60年全国連世話人)
前売券:二日間通し 2000円 当日券:1日目1600円、2日目1200円
(徐 剛 提供)
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