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謹んでご冥福をお祈りいたします

1997年(平成8年)2月20日発行    1994年(平成6年)11月 1日創刊

目 次●com/j1997/02ex.txt
トウ小平氏死去
トウ小平氏の生涯年表1904〜1997年
日本政、財界トウ小平氏の功績高く評価
トウ小平氏が死去に関する欧米の反響
トウ小平語録
トウ小平氏死去
 20日の新華社ニュースによると、中国の最高実力者、トウ小平氏は十九日午 後九時八分(日本時間同十時八分)、パーキンソン病に肺の感染症を併発し、北 京で死去した。九十二歳だった。

 また、20日日本各大新聞ニュース速報によると、トウ小平氏は十四日未明に 自宅で発作に襲われ、病院に運び込まれた。これに伴って、家族や元秘書の王瑞 林・軍総政治部副主任(中央軍事委員)らが病院で同氏の回復を待ったが、結局、 快方に向かわず、十九日午後九時八分(日本時間同十時八分)に息を引き取った。

 江沢民国家主席や李鵬首相らは、トウ氏が病院に運び込まれ危篤状態に陥った との連絡を受け、地方視察を急きょ切り上げ、病院に駆け付けたという。トウ氏 はその後、医師らによる懸命の治療で、一時、持ち直すかに見えたものの、五日 後に死去した。


トウ小平氏とその生涯年表1904〜1997年
 一九七0年代末から改革・開放路線を推し進め、共産党の路線を毛沢東時代のイ デオロギー中心から、現在の経済建設重視へ移し、発展させてきた。党は九四年 九月の第十四期中央委員会第四回全体会議(四中全会)で、指導体制がトウ氏ら 第二世代から、江沢民・総書記(国家主席、中央軍事委員会主席)を中心とする 第三世代に交代したことを内外に明確にしている。中国は当面、集団指導体制の もとで改革・開放路線を歩み続けるものとみられる。中国は、毛沢東、トウ小平 両氏というカリスマ性を持った指導者らによる統治に終止符を打ち、新たな時代 を迎えた。

 トウ氏は九四年二月の春節(旧正月)に上海でテレビに登場した後は、市民の 前から姿を消していた。入院しているといわれた北京市内の病院は十九日夜、周 辺を警備車両が固め、通行人の出入りを厳しくチェックし、その中を高級車が次 々に入っていった。

 トウ氏は一九0四年八月二十二日、四川省で生まれた。フランス留学中の二四 年に中国共産党欧州支部に入った。中国南部での武装蜂起(ほうき)や三四年の 長征に参加。抗日戦争中は八路軍一二九師団政治委員、国民党との内戦では中原 野戦軍(後の第二野戦軍)の政治委員を務めた。

 建国後、副首相(五二年)、党総書記(五六年)と政権の中枢に参画したが、 文化大革命で「資本主義の道を歩む実権派」として、劉少奇国家主席とともに批 判され失脚した。七三年、副首相として復活したものの、文革末期の七六年、「 走資派」として江青・毛沢東夫人ら四人組の攻撃を受けて再び失脚。その後、毛 沢東氏が死去、四人組が逮捕され、七七年に党副主席で復活した。さらに華国鋒 党主席から実権を奪った。

 七八年十二月の党中央委全体会議(十一期三中全会)で改革・開放の方針を決 め、経済建設重視の路線を敷くことに成功した。しかし、後継者とみられた胡耀 邦、趙紫陽両氏はいずれも民主化にからんで失脚。八九年六月、天安門事件後に 開かれた党中央委全体会議(十三期四中全会)で江沢民氏を総書記に抜てきし、 改革・開放に積極的な後継体制づくりを進めてきた。

 計画経済、市場経済を問わず、経済制度はイデオロギーと無関係の中性的なも のと考え、社会主義国中国に市場経済を大胆に導入した。党はその思考を「中国 の特色ある社会主義を建設するトウ小平氏の理論」と呼び、現在も国家建設の指 針としている。現実的かつ柔軟な思考が本領で、九七年の香港返還問題でも十分 に発揮。「一国二制度」という大胆な国家形態での返還実現を進めた。しかし、 政治の民主化には一貫して否定的で、八九年の天安門民主化運動も武力で弾圧し た。中国は、経済は改革、政治は保守という独特の体制を続けてきた。経済発展 に伴う地域格差や意識の多元化が進むなか、トウ氏の死去後もこの体制が続けら れるかどうか、注目される。

 トウ氏は七八年、日中平和友好条約批准書交換のため初めて日本を訪問。七九 年にも米国からの帰途、日本を訪れた。

*生涯年表 1900年代 【少年時代】 04・ 8 四川省広安県の農村に生まれる 11    (辛亥革命) 20・10 勤労留学のため渡仏 22    中国社会主義青年団旅欧支部に参加 【青年時代】 24    フランスで中国共産党に入党 26・ 1 ソ連に留学 27    帰国後、西安の中山軍事学校政治課長 【革命と抗日戦争】 29・ 7 広西・百色蜂起を指導 34・ 7 紅軍機関紙編集長として長征に参加 35・ 1 (毛沢東が遵義会議で中国共産党の指導権を掌握)       抗日戦争中、八路軍総政治部副主任       国共内戦中、第二野戦軍政治委員 48・11 准海戦役を指揮 【建国初期】 49・10(中華人民共和国成立) 51    チベット進駐を指導 52・ 7 副首相 56・ 9 共産党中央政治局常務委員、総書記 57・ 9 共産党第8期3中全会で整風運動の報告 58    (大躍進、人民公社化運動始まる) 【中ソ対立と文革】 63    中ソ論争始まり、中国側団長としてソ連と論戦 66    文化大革命。 劉少奇国家主席に次ぐ走資派ナンバー2とされ失脚 69・10 江西省新建県に追放され労働改造 【文革の収拾と復権】 72    (日中国交正常化) 73・ 3 副首相として復活、党中央委員 74・ 4 国連総会で「三つの世界論」を展開 75・ 1 党副主席、副首相、軍総参謀長 76・ 4 周恩来首相の死をきっかけに起きた第一次天安門事件で失脚       (毛沢東主席死去。江青夫人ら「四人組」逮捕。華国ホウ首相、党 主席と軍事委主席を兼務) 77・ 7 党副主席・副首相・軍総参謀長として再復活 【改革・開放時代】 78・10 来日、日中平和友好条約批准書交換    12 (第11期3中全会。改革・開放路線を決定) 79    訪米し、米中国交を正常化       (中越戦争)       社会主義堅持の「四つの基本原則」提起 80    (チョウ紫陽氏、首相に) 81・ 6 共産党第11期6中全会で党中央軍事委主席に就任。「歴史決議」 採択 82・ 9 第12回党大会で党中央顧問委主席に就任。「中国の特色ある社会 主義」「所得4倍増計画」を提案。胡耀邦、総書記に。 84・ 2 「一国二制度論」を発表。香港返還の中英共同宣言。       経済特区建設を指示 87・ 1 (胡耀邦総書記、解任)    11 第13回党大会で中央委員を引退       (「社会主義初級段階論」を提起) 89・ 3 (チベットで民族暴動。ラサに戒厳令布告)     5 ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長と会談、中ソ全面正常化     6 (天安門事件、チョウ紫陽総書記解任、江沢民氏が総書記に就任)    11 党中央軍事委主席を辞任 92・ 1 中国南方を視察、改革・開放の加速を指示    10 (第14党大会。「社会主義市場経済」を提起) 94・ 2 春節に上海で姿を見せる 97・ 2・19 死去、92歳


日本政、財界トウ小平氏の功績高く評価
 橋本龍太郎日本首相は二十日未明、中国の最高指導者、トウ小平氏が死去した ことについて、「深い悲しみに堪えない。改革・開放政策を内容とする中国の近 代化政策を強力に推進されたばかりでなく、平和友好条約の締結をはじめ日中両 国間の友好協力関係の発展に大きな功績を残された」と哀悼の意を表す談話を発 表した。

 その上で、首相は今後の日中関係に関して「良好なる日中関係はアジア・太平 洋地域ひいては世界の平和と安定にとりますます重要となっており、私は中国の 指導者と協力して日中友好関係の長期にわたる安定的発展のために一層の努力を 続けていく」との考えを表明した。

 日本財界はトウ小平氏の死去について、「中国の歴史に一時代を画した巨人の 死」(稲葉興作・日本商工会議所会頭)と厳粛に受け止めている。だが、トウ氏 の進めた改革・開放路線は既に定着しており、後継指導者問題や日中関係にも大 きな混乱はないとの見方が大勢を占めている。

 豊田章一郎・経団連会長は「中国の今日の経済発展は、トウ氏の断行した改革 ・開放路線に負うところが大きい」と功績を高く評価。「トウ氏の死後も中国の 基本路線は変更されることはなく、中国経済は引き続き成長を遂げる」との見解 を示した。

 日中関係への影響については「トウ氏の路線は定着しており、日本の経済界に 与える影響は大きいものではないのではないか。日中間に築かれた政治的、経済 的な信頼関係は維持される。中国は既に江沢民国家主席を中心とした集団指導体 制へ移行しており、社会主義市場経済の確立を目指した改革路線に大きな変更は ない」と多く


トウ小平氏が死去に関する欧米の反響
 ロンドン19日時事によると、英首相官邸スポークスマンは十九日夜(日本時間 二十日早朝)、中国のトウ小平氏が死去したことを悼む声明を発表した。 声明 は「一九二○年代以降、トウ氏は現代中国の発展に顕著な役割を果たした。とり わけ七○年代末以降、同氏のイニシアチブは、経済的にダイナミックな成功を収 めている今日の中国を建設するのに決定的な役割を演じた」と高く評価した。

 声明はさらに、英国との香港返還交渉にも触れ、「一国二制度という構想を体 現した八四年の共同宣言取りまとめにつながるプロセスで主要な役割を果たした 」と述べている。

 一方、ワシントン19日時事の報道によると、クリントン米大統領は十九日、滞 在先のマサチューセッツ州ボストンで声明を出し、中国のトウ小平氏の死去に悲 しみを表明するとともに、「世界を舞台にした非凡な人物で、米中関係正常化を 推進した」と同氏をたたえた。 同大統領はこの中で、トウ氏の改革・開放路線 のおかげで中国は生活水準向上と近代化をおおむね達成し、国際社会で重要な役 割を演ずるようになったと称賛した。

 さらに、中国が大国として政治的に安定し、経済的開放を進め、人権と法治主 義を尊重し、安全な国際秩序の構築に全面参加することが米国と世界の利益にな ると述べ、中国現指導部による改革・開放路線の継承と発展に期待を表明した。


トウ小平語録

  【毛沢東・文革関連】

 ▽毛沢東なくして新中国なし。これはいささかも誇張ではない(78・12 党中 央工作会議で)

 ▽毛主席は文革期に小さくない過ちを犯し、党と国家と人民に多くの不幸をも たらした(80・3 イタリア人記者のインタビューで)

 ▽(江青女史らの)四人組は十一年ないし十二年にわたって進歩を妨害した。 その損害を克服するのに二十年ないし三十年掛かろう(77・10 AFP通信との 会見で)

  【民主化・自由化関連】
 ▽中国にあなた方(米国)の三権分立や普通選挙を取り入れれば、必ず動乱の 局面を迎える(87・6 カーター米大統領に)

 ▽きょうもデモ、あすもデモと三百六十五日デモをしていたら、とても経済建 設などと言っておられない(89・2 ブッシュ米大統領に)

 ▽いかなるものにも絶対の自由はない。腐敗した文学や芸術は許さない。例え ばおしりを振るだけのロックンロールダンスは認めない(77・10 AFP通信と の会見で)

  【天安門事件関連】
 ▽われわれには数百万の人民解放軍がある。恐れることがあろうか(89・4  学生デモについて指導部に語る=香港紙より)

 ▽この風波は遅かれ早かれやってきた。これは国際的大状況と中国自身の小状 況によって決定されたことだ(89・6 武力鎮圧後、解放軍幹部への講話で)

 ▽中国は制裁を恐れない。制裁はとどのつまりは制裁者自身にはね返ってこよ う(89・9 伊東正義日中友好議連会長に)

  【対日関係関連】
 ▽過ぎ去ったことは過去のものとして、今後は前向きに日中友好関係を進めた い(78・10 訪日の際、天皇陛下との会見で)

 ▽日米安保や自衛隊増強は当然のことだ。軍縮や平和を言うからには、自衛力 を備えていなくてはおかしい(同福田赳夫首相との会談で)

 ▽中国は今、日本から資金や技術を得たい。しかし五十年、百年先を見ると、 中国が日本にあげられるものが多いのではないだろうか(87・6 日中定期閣僚 会議で)

  【政治改革・官僚主義ほか】
 ▽中国で大きな過ちを犯す可能性を持っているのは、ほかでもなく共産党だ。 党は監督を受けなければならない(57・4 西安幹部会議で)

 ▽一に党を恐れ、二に大衆を恐れ、三に民主党派を恐れるのはよいことだ(同)

 ▽一部の同志は、若い人は経験が足りず任に堪えないと心配している。しかし 思い出してほしい。われわれの多くが大幹部となり、大きな仕事をしたのも、初 めは二、三十歳ではなかったか(80・8 政治局会議で)

 ▽権力を乱用し、民衆から離れ、口ばかりで実行せず、責任を負わず、信用を 守らず、役人風を吹かせ、上を欺き下をだまし、わいろをむさぼり、法を曲げる など。これが官僚主義の主な現象と危害だ(同)(肩書はいずれも当時)(北京 時事)


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