第81号 

1996年(平成8年)4月8日発行    1994年(平成6年)11月 1日創刊

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新聞簡訊
時事新聞●大西洋に落下の衛星に黄金
時事新聞●三峡ダム建設責任者インタビュー
中国経済●今年の失業率3・2%以内を目標に
中国経済●中国でICカードが過剰生産
中国経済●特別経済区の見直しへ
国際貿易●中国がエアバス大量購入へ アメリカけん制か
中日交流●中日民間人会議が閉幕、率直な相互批判
中日歴史●旧日本軍の細菌戦による被害の実態記録が明るみに
小説連載●ニイハオ神戸の街(13) ------------------------ 栗田和成
映画情報●現代中国のドキュメンタリー ------------------------ 井上 徹
【新聞簡訊】

★[04/06] 六日付の香港紙・明報によると、中国広東省深セン市がこのほど市内 の冷凍倉庫の立ち入り検査をしたところ、狂牛病が問題になっている英国産牛肉 百二十五キロを発見、押収した。同紙によると、英国牛を輸入した後に香港政庁 から販売を禁止された香港の業者が深センに安値で流した可能性が強いという。

★[04/06] 中国福建省の陳紫東・台湾弁公室主任は五日、台湾人実業家二人が不 法に情報を入手した容疑で三月十二日に逮捕されたことを明らかにした。陳主任 は「国家安全法に違反した容疑」と語り、二人に中国が三月に台湾海峡などで行 った軍事演習に関する情報を収集していた疑いがあることを示唆した。

★[04/06] 六日付の香港紙・星島日報によると、中国福建省軍区の周健・後勤部 長はこのほど、同省人民代表大会取材のため海外から同省福州市を訪れた記者団 に対し、「三月の軍事演習に福建省以外から参加した兵士たちがすべて原隊に戻 ったわけではない。まだ通常の訓練が行われている」と述べ、第四波の演習が実 施されていることを強く示唆した。

★[04/04] 富士写真フイルムは4日、今年6月末から中国・江蘇省でカメラなど 映像機器の現地生産を始めると発表した。同社としては初の中国進出。当初はイ ンスタントカメラを中心に生産し、中国国内向けのほか欧米へも輸出する。現地 のカメラ需要増に対応するとともに、コストダウンを図る。また、フィルムの現 地生産についても現在企業化調査を実施している。

★[04/04] 時事通信によると、中日経済協力のシンボルとして日本からの技術導 入で建設された中国・上海の宝山製鉄所の1号高炉がこのほど稼働を停止し、“ 引退”した。上海の夕刊紙・新民晩報が三日報じたもので、累計生産量は十年半 で三千二百二十七万トンに達した。

★[04/04] 中国で改革・開放の進展に伴う急激な社会変化の中で麻薬汚染が深刻 化しており、四日付の共産党機関紙・人民日報などによれば、中毒患者は昨年末 の時点で五十二万人に達した。昨年、麻薬事件の逮捕者は一万二千九百九十人に 上り、このうち九千八百一人を起訴。二千三十二人が死刑もしくは無期懲役の有 罪判決を受けた。

★[04/03] 3日付の人民日報海外版によると、中国の国家知能コンピューター研 究開発センターと米モトローラ社の共同出資によるマン・マシーン・コミュニケ ーション技術共同実験室が、このほど北京で正式に設立された。この事業は外国 企業が中国で対等出資により合弁研究機関を開設する先例を作った。

★[04/03] 共同通信によると、中国で偽札が急増しており、昨年一月から十月の 間に前年全体の一・五倍に相当する四千二百万元(約五億五千万円)もの偽札が 押収された。偽札は全国に広まっており、百元(約千三百円)、五十元札といっ た高額紙幣に集中している。政府は三月下旬、金融秩序の崩壊を招きかねないと して、取り締まりの徹底を関係機関に通達した。              

★[04/02] 二日付の中国紙・光明日報によると、中国では昨年、交通事故で七万 一千四百九十四人が死亡、十五万九千三百八人が負傷した。一日平均約二百人が 死亡していることになる。一日開かれた公安、労働両省の合同会議で明らかにさ れたもので、事故の発生件数は二十七万千八百四十三件。死者十人以上の大事故 も五十七件あったという。

★[04/02] 中国への復帰が一年三カ月後に迫った香港で三十一日、英政府が発給 する海外公民(BNO)旅券の申請が同日で締め切られるため、受付窓口のある 市中心部の政庁入境管理事務所の周りに二万人近い市民が長蛇の列をつくる騒ぎ になった。政庁では窓口を増やしたり、順番待ちの人々を近くの運動グラウンド 内に誘導して対応したが、駆け込み申請者は増える一方だった。

★[04/02] 二日付の中国系香港紙・文匯報によると、中国・北京市の検察当局幹 部は一日、昨年四月に汚職追及の手が及んだことを苦に自殺した王宝森・同市副 市長が関与した経済不正事件について、現時点で十八人の起訴手続きを進めてい ることを明らかにした。

★[04/01] 一日付の人民日報は「経済建設と社会発展のために強力な政治的保証 を提供しよう」と題する長大な論文を掲載し、「西側の一部敵対勢力」がソ連解 体後、中国の「西洋化」や「分裂」を画策していると警告した。また解放軍報も この日、西側の議会制民主主義を批判し、「社会主義的民主主義」の優越性を強 調する論文を掲載した。

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【時事新聞】
大西洋に落下の衛星に黄金

=冒険家が回収狙う−「金融時報」=

 六日付の中国紙・金融時報は、三月十二日に大西洋に落下した中国の科学衛星 に故毛沢東主席生誕百周年記念の金バッジや黄金の仏像などが搭載されていたた め、世界中の冒険家がこの衛星の回収を狙っていると報じた。

 この衛星は一九九三年十月、甘粛省酒泉基地から打ち上げられたが、八日後に 故障して回収不能となった。衛星には実験用の動植物のほか、毛主席の金バッジ 二万個が積み込まれていた。それ以外にも黄金の仏像二体、ダイヤモンドの指輪 や時計など二百三十五点を載せていたといわれる。

 海底に沈んだ“宝の山”の衛星は冒険家の関心を集めているが、同紙は「大気 圏外の物体の帰属に関する取り決めによれば、衛星がいつどこに落下しても、所 有権は中国にある」としている。

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【時事新聞】
三峡ダム建設責任者インタビュー

中国・揚子江をせき止める世界最大の三峡ダム建設工事について、建設責任者 の蕭秧・国務院三峡工程建設委副主任がこのほど、毎日新聞の取材に応じた。蕭 秧氏は、ダム建設の最大課題が、100万人を超える住民の移住問題だと指摘。 今年2月、中央との確執で四川省省長を更迭されたと話題になった件にも触れ「 任期があまりに短かった」と本音を語った。

 実際に三峡ダム建設を担当して、最も困難を感じているのは?

 蕭秧氏:プロジェクトのポイントは、一つはダムを造ることで、もう一つは住 民を移住させることだ。私は主要な課題は、住民移住だと考えている。ダム建設 に伴い、百万人余を動かすことになるが、過去、これだけ大規模な移動は、戦争 を除いて地球上になかった。

 住民の移住の時期、場所は?

 蕭秧氏:川のせき止めが1997年7月で、2003年にダム本体が出来る。 それまであと7年の時間があるが、実際のところ移住の具体的な計画はまだ出来 ていない。

 何が問題なのか。

 蕭秧氏:移住先の土地を探さねばならないが、数県にまたがる大事業だ。50 万人以上の移住者の新たな職業をどうするかも考えねばならない。住民の多くは 農民だが、彼らが働けるだけの農地を見付けるのは難しい。米国は中国の人権状 況を批判するが、米国には100万人移住などということはないだろう。移住す る100万人だけでなく、受け入れる周囲の人も納得させねばならない。

 蕭秧さんは、2月に四川省省長を引退されました。この人事に満足しています か。

 蕭秧氏:私は引退したのでなく、首相の手配で異動したのだ。省長を3年務め たが、3年はあまりに短い。四川省は人口1億人で、一つの国家と同じ。中国最 大の省をうまく管理するのは難しい。とりわけ、(豊かな)沿海地方の発展が速 いため、(内陸の貧しい)四川省としては、プレッシャーが強かった。

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【中国経済】
今年の失業率3・2%以内を目標に
=2000年に1億5千万人失業の予測も=

 新華社電によると、中国で深刻化している失業問題を話し合う全国就業工作会 議が六日、北京で開かれ、都市部の失業率を今年末に三・二%、二○○○年末に は四%前後(八百五十万人以内)に抑える目標が定められた。

 中国では国有企業の経営破たんなどで失業者が増えており、昨年末の都市部の 失業者は登録されただけで五百二十万人、失業率は二・九%になった。農村で仕 事がなく、都市に流入している人も急増しており、実際の失業者はかなり多い。

 労働省は余剰労働力を吸収する産業の育成など、適切な失業対策を取らなけれ ば、二○○○年には都市失業者が千六百万人、農村の余剰人口は一億三千七百万 人に達すると予測している。

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【中国経済】
中国でICカードが過剰生産

 キャッシュカードなど磁気カードの普及と同時進行で集積回路(IC)内蔵カ ードの普及が進み始めている中国で、ICカードの過剰生産が早くも深刻になっ てきた。中国電子工業省はこのほど、国営新華社通信を通じ「ICカード生産ラ インの輸入や建設の制止に関する通知」を発表し、生産には同省の認可を受けね ばならないなど厳しく規制する方針を明らかにした。

 ICカードの普及は広東省など南部で進み始めている。現状では磁気カードの 使われ方と大差ないが、政府は中国でも今後「電子マネー」などが課題になるこ とを見越し、普及を後押ししてきた。このため各地の企業が新市場をめざした形 で一斉にカード生産を始め、すでに年産一億枚の生産設備ができあがったという 。

 だが同省によると、二000年になっても年間需要はせいぜい千五百万枚程度 しかない。早くも遊休設備が出始めており、同省は「これ以上の過剰生産は資源 や外貨の深刻な浪費だ」と警告した。

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【中国経済】
特別経済区の見直しへ

中国共産党機関紙、人民日報は五日、今月一日から三日まで広東省珠海市で開 催した国務院(政府)経済特区活動会議で李鵬首相が行った演説内容を掲載した 。李首相は「経済特区に対する中央政府の基本政策は不変」としながらも「自己 努力による改革、発展」を強く呼びかけ、経済特区の優遇依存体質からの脱却を 迫った。

 税制、財政両面で優遇されてきた経済特区をめぐっては、三月の第八期全国人 民代表大会(全人代=国会)第四回会議で「市場経済発展過程で一部具体措置を 調整、改善する」方針を確認したばかり。李首相の「自立化要求」発言は、従来 の方針からさらに踏み込み「見直し」に比重を置く中央政府の姿勢を明確にした ものといえる。

 五年ぶりに開催された経済特区活動会議で、李首相は、経済特区が対外開放政 策の窓口として果たしてきた過去十六年間の役割を評価する一方、今年スタート した第九次五か年、二〇一〇年長期目標の両計画、来年七月に迫った香港返還や 中台統一問題といった国家事業で「重要な任務」を果たすよう強く求めた。

 経済特区の処遇問題は、経済発展著しい沿海地域と発展が遅れていた内陸部と の格差拡大や、中央と地方の利害対立といった問題を背景に、昨年来、深刻な政 治懸案としてくすぶってきた。今回の特区会議で打ち出した中央政府の新たな対 応は、直接には三月の全人代で再燃した「特区現状維持」への不満に配慮したも のだが、経済特区の処遇を通じた中央の地方に対するコントロール強化ともいえ る。

 特に、新五か年計画に関連し、「安定重視」の中央政府が設定した初年度成長 率八%を地方政府が無視、広東、福建、上海などが軒並み一一、二%の成長目標 を打ち出した事態に、中央政府は危機感を深めているとの情報もある。

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【国際貿易】
中国がエアバス大量購入へ アメリカけん制か

5日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルは、政府当局者や航空業界当局 者の話として、中国が10日からの李鵬首相のフランス訪問の際に、フランスな ど欧州4カ国合弁のエアバス・インダストリーに対して、150人乗りのA32 0を25機前後発注する予定である、と報じた。

 12億ドル以上の商談となるこの契約は、中国による過去最多のエアバス購入 となる。同紙は中国が人権や台湾、知的所有権侵害問題での現在の米中関係の緊 張が続けば、大規模な航空機輸入国としての地位を政治的なテコとして利用する 、との米航空機業界の懸念を伝えた。

 同紙はこの規模の航空機を中国が米ボーイングなどからこれまで購入してきた ことや、知的所有権問題の対立から3月の訪米を延期した呉儀・対外貿易経済協 力相が、訪米中に40億ドル相当のの米航空機を発注する予定だったことを挙げ て、米企業にとって「明らかな侮辱だ」と評した。

 李鵬首相のフランス訪問に関わる北京の西側外交官は「重要なエアバス購入が 来週あることは間違いなく、エアバス社の中国市場での割合はかなり増すことに なる」と述べた。李鵬首相には互儀・同相のほか、航空業界など15社の財界人 が同行する。

 シラク・フランス大統領は天安門事件の民主化活動家のフランス亡命で冷却化 した対中関係を、台湾へのミサイル・兵器売却計画の放棄などで改善、エアバス 社も中国での事務所の拡大に5000万ドルを投資しスタッフを100人以上に 拡大するなど、中国市場の開拓に努めている。               

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【中日交流】
中日民間人会議が閉幕、率直な相互批判
北京で開かれた第六回中日民間人会議は五日、三日間の日程を終えたが、今回 は日本側から中国の台湾付近における軍事演習や核実験などについて、ストレー トな批判が行われ、従来の友好一辺倒とは様変わりした。中国側からクリントン 米大統領来日時の日米安保体制再確認について疑念が示されるなど、率直な批判 や注文の応酬となった。ただ、相互信頼を欠いたままの意見の相違も生じている だけに、冷戦後の日中関係の行方は「このまま放っておくと大変になる」(後藤 田正晴・元副総理=日中友好会館会長)と、懸念する声も強まっている。

 日本側は、後藤田氏が四日、北京・人民大会堂で、江沢民・中国国家主席と会 談した中で、「『一つの中国』という中国側の原則は理解しているが、(台湾問 題の)平和的解決を考えるべきだ」と要請。江主席は「よくわかりました」と日 本語で応じたうえ、「台湾の独立を許すことはできない。武力を用いてでも意思 を表示する」と述べ、従来方針を繰り返した。

 さらに、政治分科会の席では、坂本義和東大名誉教授が「(中国の主張は)大 国主義の脅威ととられかねない」と指摘、「民主主義を台湾と共有しつつ統一を 達成する道をしてほしい」と、中国の民主化へ踏み込んだ注文をつけた。

 これに対し、中国側は孫平化・中日友好協会会長が「核実験や台湾問題を経済 協力分野に持ち込んで中国に圧力をかけてはならない」と述べ、日本の与党内に 出ている対中円借款見直しの動きをけん制。米国の動きを念頭に「国際的に武力 を誇示し、台湾防衛を主張する者に日本が巻き込まれないよう望む」とクギをさ した。

 孫氏は日米安保体制の再確認に関連し、「(日本の)かつての仮想敵国はソ連 だったが、今では中国だ。日本は厳格な意味で核武装国ではないか」などと日本 への疑念を率直に語った。

 冷戦後の北東アジアにおいては「多国間安保機構構築に中国の参加が不可欠」 (五十嵐武士東大教授)だけに、中国側に粘り強く呼び掛けていくことが外交目 標として浮上しそうだ。

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【中日歴史】
     旧日本軍の細菌戦による被害の実態記録が明るみに   

毎日新聞によると、中日戦争中、ペストの発生で住民の約3割を失った中国南 部の農村が犠牲者394人の全氏名や死亡日を記載した名簿をまとめていたこと が3日、分かった。旧日本軍の七三一部隊や一六四四部隊などが中国南部で細菌 戦を研究していたといわれており、真相究明が遅れている細菌戦についての極め て貴重な資料となっている。

 この村は、浙江省の省都・杭州から約110キロ南にある義烏市上崇山村。名 簿は、ペスト流行の真相を明らかにするため、今年2月に発足した村の調査委が 作成。日本の中国侵略を記録する静岡市の中学校教諭、森正孝さん(54)らの 市民調査団が、3月下旬に村を訪れた際、示された。

 村でぺストが流行したのは1942年の9月下旬から12月ごろ。同村に対す る細菌戦の実施を裏付ける日本軍の記録などは現在ないが、1)日本軍が当時、 同省を中心に展開した作戦の中で細菌戦を行ったことが、日本軍将校の業務日誌 などに記されている2)村によると以前にぺスト流行はなく、日本軍機が煙のよ うなものを出し、村上空を飛行したのを村民複数が目撃した後にペストが発生3 )日本軍が村でペスト患者を生体解剖したり村民の家に放火した−−などの証言 があり、中国側や森さんらは、飛行機から菌をまくなどの作戦が行われたとみて いる。

 調査委員長の王錦悌さん(61)による、名簿は、生存者の調査や記憶と突き 合わせて、約2週間で完成させた。家族ごとに死者の氏名、死亡日を報告。当時 の人口約1300人のうち約3割の村民が死亡した。

 同年11月18日に、村民は村の広場に集められ家を焼かれた。目的は防疫と もみられるが、はっきりしない。王さんが、焼かれた計414室の図面や面積な どをまとめた。 生存者33人のうちの1人、王基良さん(68)は「いいなず けが高熱を出し、発病後1、2日後に大声を出して死んだ。放火の時、集められ た広場に白衣の日本兵がいた。家へ逃げ帰ったら日本兵に見つかって銃座で殴ら れた」と今も残る後頭部の小さなくぼみを指し示した。

 森さんは「この資料を十分に活用し、日本側の証言や資料なども探して真実を 明らかにしたい」と話している。

 松村高夫・慶応大経済学部教授(社会史)の話 上崇山村のペスト流行は、日 本軍がペスト菌を投下した浙江省の金華から義鳥市中心部を経て伝ぱしたもので ある可能性が大きい。同村は浙江省の中で最も細菌戦被害が集中している典型的 な場所であり、同村の具体的な犠牲者などが分かった意味は大きい。

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【小説連載】
ニイハオ神戸の街(13)

栗田和成
(PXU06760@niftyserve.or.jp)

 中国から戻って、数日して大阪の張玉静から電話があった。

 「どう、元気。中国に帰っていたんでしょう。」
 「そう、久しぶり帰ったけど、パパもママも元気にしていたわ。ところで、大 学入試はうまくいったの?」
 「OKよ。それで、寮も出ないとダメだから、いま、大阪阿倍野のアパートに 住んでいるの。電話もついたわ。電話番号、言っとくわね。・・・それから、一 度遊びにおいでよ。」
 「行くわ。大阪のアルバイトの帰りに泊まりにいくわ。来週はどうなの?」
 「いいわよ。」
 初めて日本に来た時から、うまが合う友達である。大阪と神戸に離れて住んで いるが、秀麗の方から泊まりに行くことが多かった。泊まっては、夜遅くまで話 しをし、奥田のこと、劉佳東のこと、学校のこと、全てを話していた。  ある日、張玉静の部屋に泊まりに行くと、机の上にオーストラリアからの手紙 があるのを見つけた。
 「これ、オーストラリアからの手紙でしょう。」
 「そうよ、大学時代の友達だけど、六年ほど会っていないの。もともと、親し かったけど、手紙を書くうちに、だんだん気持ちが通じあえるようになって、彼 ったら、最近では結婚しようと言うの。」
 「いいじゃない。羨ましいわ。」
 「彼ね、既にオーストラリアに店を持っているの。天安門事件のおかげでグリ ーンカードは持ってたけど、近い内に永住権がもらえそうなの。」
 「じゃあ、オーストラリアに行くの?」
 「でも、最近、ときどき付き合っている日本人からも結婚しようといわれてい るの。困ったわ。」

 中国の経済開放以来、留学生の中にも本国に戻る人間が徐々に増えつつはある が、一般的にはいったん中国を出て暮らした人間は一時的な里帰りを除いて、中 国へ戻らないケースが多い。女性の場合は日本人男性と結婚したり、男性の場合 は日本企業で働いたりする。それがうまく行かない場合は更にカナダやオースト ラリア等比較的移民しやすい先進国が希望される。まるで、中国大陸に咲いた華 が実を結び、その胞子が世界中に飛び散って行くようである。

 「私もそんな悩みしてみたいわ。私は日本と中国を毎年半分ぐらいづつ住む生 活がしたいなあ。」

 最近では、劉佳東への送金もうまく行き、奨学金ももらえることになり、日本 での自由な生活が満喫できた。秀麗の性格からして、順調にいっている時は、あ まり何も深く考えないらしい。張玉静の家に泊まっても、その程度の雑談をして 帰るくらいだ。

 同様に文化アパートでも同じ中国人どうし、友達になって夜遅くまで話すこと もあった。

 ある日、秀麗がアパートに帰ると、たまたま于桃京が帰ってきて、玄関のとこ ろで一緒になった。そして、秀麗の部屋でお茶を飲んで話すことにした。于桃京 は着替えをしてやって来た。すると、たまたま、そこに鄭康建が廊下を歩いてる 。

 「俺、ソース、買ったんやけど、この前の返しますわ。」  日本人と話すときは、いつも汚い関西弁で話しをしている。それを、秀麗は、 いつも注意していた。しかし、背が高く肥った鄭康建が嫌いなわけではなかった 。  「いらないわ。それより、お茶飲みに来てもいいわよ。今日は特別よ。」
 「ほんと!」
 于桃京もにっこりと微笑んだ。それを見て、鄭康建は、
 「夕食は済みましたか?」と、尋ねた。
 「大学生協で済ましてきたわ。桃京はどうなの?」
 「鄭康建、貴方は、今日はいつもの四回目の食事をしてるんでしょう。私、そ んなに食べれないわ。もう、今日の食事は終わったわよ。」
 秀麗と桃京は顔を見合わせ笑った。
 「じゃあ、俺、部屋で食事しているから、食べ終わったら行くよ。」
 于桃京は秀麗の部屋に入ってコタツの前に座った。
 「この前、中国に帰ったとき黄山のお茶を買ってきたの。それ、入れるわね。
机の上のお菓子食べて頂戴。私、この胡麻のついたクッキーがすきなの。」
 「ありがとう。一つだけ頂くわ。でも、それ以上食べると肥るから、止めとく わ。」
 「たいへんねえ。芸能人は。」
 「だって、中国琵琶を引くときはいつもチャイナドレスを着るでしょう。体の 線がき っちり出るの。肥れないわ。」
 「桃京は中国に帰らないの?」
 「日本に来てまだ一度も帰ってないわ。今度の夏休みには帰りたいな。」
 「どうして、貴方の場合は出演依頼で、ときどき高いアルバイト代がもらえる でしょう。」
 「そうじゃないの。お母さんが、帰らなくていいと言うの。もっと、日本で勉 強しなさいとね。でも、やっぱり帰りたいわ。」
 「お父さん、何しているの?」
 「死んだわ。私の家は清朝時代から続いた演奏家の家柄なの。父は文化大革命 の時、随分いじめられて、新彊の労働改造所に送られたの。父が死んだのを知ら されたのは、文化大革命が終わってからよ。ひどいでしょう。それで、母は、一 人娘の私に父の跡を継いで立派になって欲しいらしいの。中国に帰る時間があっ たら、頑張りなさいと言うの。」

 于桃京が自分の家族のことを話すのはめずらしい。今日は何か、いろいろ話し てしまいたいらしい。自分の祖父は戦争中に日本軍に殺されたことも話した。日 本軍とはいわずに日本鬼子(リーベングイヅ)と言っていた。秀麗も芸能生活を して生きる人は、いろいろ変わった過去があるなあと思いながら、

 「へええ、大変だったのね。文化大革命の頃は、いじめるときは徹底的にやっ ていたからね。私もクラスの友達がトルストイの『戦争と平和』を読んでいるの が、先生に見つかってしまってね。みんなで糾弾したことあるわ。その子も、授 業は出られず、毎日、自己批判書を書かされていたの。私も辛かったわ。」

 「そうねえ、戦争から、内戦、文化大革命と、あの頃は、みんな嫌な経験をし ているわ。でも、自分のことばっかり出しても、お互いにきりないしね。誰を恨 んでも仕方ないわ。」
 「私も、そう思うわ。今はやることが多いし、過去のことを言って、責め合っ ていても仕方ないよのね。」
 「ところで、芸能人には男がいろいろ言い寄って来るんでしょう。日本人は助 平だって評判だけど、本当なの?」
 「解らないわ、地方に行っても、私、あまり外出しないでしょう。それに、天 津の歌舞団に恋人がいるの。最近、忙しくて連絡がうまくいかないの。でも、こ のこと、誰にも言わないでね。」

 世間話を続けていると、トントンと鄭康建がドアをノックして、おそるおそる 部屋の中に入ってきた。初めて入る秀麗の部屋である。そして、嬉しそうに二人 に声をかけた。
 「俺、紅茶と果物持ってきたよ。」
 「あら、いらないわ。お茶も、お菓子もあるのに。はい、どうぞ、お茶。」
 「じゃあ、これ、ここに置いとくから、後で食べてね。」
 「気前がいいのね。」
 「そりゃあ、俺は瀋陽の人間だからね。瀋陽の人間は宵越しの金は持たない主 義でね。」
 「天津では、瀋陽人のそんな話し、聞いたことがあるわ。北京でも大金を使う んでしょう。それに、比べたら南京の人は貯金ばっかりしていると聞いたわ。ほ んとなの?」
 「しらないわ。」
 「瀋陽では南京人を大根っていうんだ。」
 「失礼ね。でも、北の男は、奥さんに暴力をふるうでしょう。北の男は野暮で 嫌いだわ。」
 「いや、ただ、うそがつけないだけ。それに、俺は南京人を悪く思っていない よ。」
 「私ね、暴力が大嫌い。その点、上海の男はいいわ。女はダメだけど、男は料 理は上手だし、女性に優しいわ。」
 「秀麗は上海に好きな人いるの?」
 「例えばの話しよ。」
 「わたし、歌舞団にいたころ、南京に何度か行ったことあるわ。南京の町を歩 いたら、よく人が喧嘩しているの。南京人って喧嘩が好きなの?」
 「そう、同じ北京語でも、南京の発音の方がきつく聞こえてるだけなのでしょ う。」
 「いや、喧嘩しているわ。だいたい、男と女が喧嘩しているわ。そして、見物 人も多いわ。だから、南京の人は女が特別に強いんじゃあないの?」
 「そうかなあ・・・。」
 数人寄るとだいたい、中国の地方の人の性格は必ず話題にのぼってしまう。

 秀麗にとって、最近は一日中、日本語で話すことが多く、中国語で世間話しを していると、時間を忘れて話し込むことが多かった。話で盛り上がっているとき 于桃京がチケットを一枚あげると言った。夏休み前の大阪の会館での演奏会であ る。

 「わあ、この日、時間がとれるわ。絶対に行くからね。鄭康建の分はないの? 」
 「ごめんね。一枚しかないの。」

 演奏会の当日、実際は秀麗はアルバイトを休んで于桃京の出演を見に行った。 一部と二部に別れており、一部は于桃京の独演である。舞台に登場する于桃京を 見ていると、何か自分が見られているような、恥ずかしさと嬉しさを感じた。

 最初に出たときは、白色のチャイナドレスに新彊地方の民謡『ばら』とモンゴ ル族の『競馬』を弾いた。そして、五分ぐらい休憩して、赤いチャイナドレスに 着替え『三国誌』の物語を弾いた。全部で三十分ほどであるが、初めで、こんな 所で聞いた秀麗は中国琵琶の迫力に圧倒され、自分が中国人であることに、誇り を感じた。

 于桃京はいつもは頭の毛をほどいてサラサラと伸ばしているが、この時はきっ ちりと束ねており、薄くて体の線がきっちりでるチャイナドレスを着ている。足 元は非常に色気があるが、一生懸命演奏する姿を見ていると、音の魂に引かれて しまい、色気どころではなくなる。第二部は日本人の歌であったが、秀麗が知ら ない年輩の人であった。

 秀麗は于桃京の演奏に十分満足して帰ることができた。帰りに楽屋に寄りたか ったが、かってが解らず、帰ってから于桃京にあって労をねぎらうことにした。

 九四年夏はいつもの夏と比べて特に暑かった。昨年が冷夏だったせいか、秀麗 にとっては、その暑さが特に身にしみた。  夏休みのアルバイトは、ほとんど奥田の会社で働いた。奥田も、「今年は君の おかげで、みんな夏休みがとれてよかった。」と喜んでくれた。おまけに、中国 との間で、スムーズに連絡が取り合うことができた。

 劉佳東の仕事がうまくいっているか気になるところである。うまくいけば、佳 東との結婚についても、親はあまり反対しないだろう。

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【映画情報】
現代中国のドキュメンタリー
――ヤマガタ in 東京――

井上 徹

 ドキュメンタリー専門の映画祭として、国際的にも注目を集めている「山形国 際ドキュメンタリー映画祭 '95」で上映された作品のなかから、話題作・秀作を セレクションした特集上映が、東京で行われます。

■ヤマガタ in 東京 〈山形国際ドキュメンタリー映画祭〉セレクション

●『広場』The Square/廣場
 監督:張元、段錦川/北京語/日本語字幕/35mm/100分/1994年
 中国の近・現代史の中で、政治的・社会的事件の舞台となってきた北京の天安 門広場。広場を管轄する警察、一般市民、物売り、観光客など、広場にかかわる 人びとを客観的に追い続ける。FIPRESCI賞受賞。
・上映日時 4/6(土)11:15◆4/12(金)12:50

●『四海我家』At Home in the World/四海為家
 監督:呉文光/中、英、独、仏、伊/日本語字幕・ナレーション/VTR/90分 版/1995年
 芸術家を目指し北京に暮らす五人の地方出身の若者を追った『流浪北京』の続 編。その後外国人と結婚したり、遊学したりと、外国で暮らすようになった四人 の現在を撮ることで、中国人が外国で生きていくことの意味を問い直していく。
・上映日時 4/12(金)11:00◆4/21(日)14:40◆4/23(火)17:40

●『暴力の情景』Scenes of Violence/暴力紀實録
 監督:陳以文/北京語/日本語字幕/VTR/40分/1994年
 通行人をバイクからナイフで切りつける趣味をもつ一人の不良少年。その少年 にカメラを向けてインタビューを試みる女子大生。フィクションとドキュメンタ リーの境界がかき消えていく異色作。95年度奨励賞。
・上映日時 4/11(木)19:05◆4/19(金)14:50◆4/23(火)13:25◆4/26(金)14:45

[会期]1996年4月6日(土)―26日(金)
[会場]BOX東中野(JR東中野駅わき、ポレポレ座ビル地下)
[料金]当日一般1500円、学生1300円、シニア1000円
    特別鑑賞券(1回券)1200円、3回券3300円、5回券5000円
[お問合せ]BOX東中野(03)5389−6780


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